初夏の庭に咲いた花たち
ついにシャクヤク咲いたよ!まっしろでうすい花びらが幾重にもさらさら重なっているでしょ。 あの芽、あのつぼみの中に眠っていた花がふわりと目を覚まして、ほろっと生まれた。 ちょっと泥がはねているのは、昨日降った雨のせい。 風に吹かれて雨に濡れて。。。。。ちょっと心細い?。。だけど、しっかりね。
ついにシャクヤク咲いたよ!まっしろでうすい花びらが幾重にもさらさら重なっているでしょ。 あの芽、あのつぼみの中に眠っていた花がふわりと目を覚まして、ほろっと生まれた。 ちょっと泥がはねているのは、昨日降った雨のせい。 風に吹かれて雨に濡れて。。。。。ちょっと心細い?。。だけど、しっかりね。
5月13日(金) そっかあ。今日は13日の金曜日なんだ。とぼんやり思いながら和歌山から難波まで電車に乗り、地下街を歩いて国立文楽劇場に向かう。明日の公演のためのリハーサル。日本橋の駅には、文楽劇場を示す矢印があっちこっちにあって、明日のポスターも貼られている。地上に出ると、いかにも大阪らしい雑然とした街。しばらく歩くと、いくつもののぼりがあがった建物が見えてきた。玄関には堤燈がたくさん吊るされている。 楽屋口に向かう。警備のおじさんに聞いてエレベーターを上がると楽屋の受付があって、いきなり神棚があった(東京の国立劇場にも確かあった)。お酒が供えられている。私も手を合わせ、一礼して中に入る。楽屋の廊下には舞踊のひとたちの道具がたくさんあって、着物を着た関係者の人たちでいっぱい(明日は舞踊と音楽の公演だから当然!)。いつも通りGパン姿で、ゴロゴロキャリーケースを転がして通過するが、なんとなく場違いな雰囲気。各楽屋には「○○さん江」と書かれたはなやかな暖簾がぶらさがっている。うわぁ、ますます場違い! 自分の名前が貼られたお部屋に到着。まずは、楽器が無事到着していることを確認してほっとした。梱包を解いて、楽器を出し柱をかける。楽器に事故もなく安心。舞台からは華やかな長唄の音が聞こえてくる。おめでたい曲の賑わい。制作の田村さんに会って挨拶を交わす。「私、衣裳、洋服で黒いシンプルなドレスなんですけど。。。」と言うと、「まあ、どちらにしても浮いてるからいいんじゃない。」と苦笑い。。。「えっ?まずかった?ど、どうしよう。。。でも、衣裳これしか持ってないからもうどうしようもないし。。。」衣裳を着用してゲネプロ。残響が少ないからつい力んでしまうし、どうしてもはやく次の音を出したくなってスピードに頼ってしまう。うーん。。。どうしたものか。と悩んでいるうちに終わってしまった。明日はお客さんが入ってもっと響きにくい?でも、どんなホールも本番の方がなぜかよく響く。音が吸収されているはずなのに、不思議だなあ。。。。 ゲネプロ終了後、やっぱりなにもかも浮いてると言われ、逆に開き直る。でも、浮くことがわかっていながらこの公演に呼んでくださった田村さんにはほんとうに感謝の気持ちでいっぱいです! 夜、篳篥の中村仁美さんや雅楽の方たちと田村さんと道頓堀界隈で食事。串揚げ、どて焼きなどなど。ビールも少し。文楽の人間国宝と言われる方々の舞台裏の話を聞く。85歳であの重い人形を1時間半操り続ける気力。終演後の楽屋ではもう倒れこむようにくたくたで起き上がれず、明日は舞台に立てるかどうかわからないと毎日思いながらも舞台に立ち続けていらっしゃるのだそうだ。それはもはや体力といえるものではなく超人的な気力によるもの。舞台にかける執念と気迫。話を聞いているだけで圧倒される。自分の甘さが恥ずかしくなる。でも、そういう尊敬すべき先達がいてくださって、その芸や生き方のすさまじさに何か具体的によくわからなくても指針を与えてもらったような気がする。 明日は本番。700名収容の大きなホールで暗譜で25分間ソロで弾くなんてことはここ最近なかった。どんなホールでもライブハウスでも気持ちが変わるわけじゃないけど、ひとりの人に伝えるのと700人の人に伝えるのはやっぱり違う。音の大小じゃない。小さな声じゃ伝わらないということだ。
私の生徒さん、稲葉さんのお宅を訪ねた。 稲葉さんのおうちは、着物の帯の芯を織る工場を経営している。ご家族もそこで働いている。 30年ほど前は、機械もフル稼働。忙しくて夜寝る時間もないくらいの忙しさだったそうだ。 工場を見学させてもらった。 動いている機械はほんのわずか。あとはビニールをかぶって眠っている。 着物の需要はどんどん減り、繊維市場は中国や韓国などに奪われていった。 私の祖父も父も繊維関係の仕事をしていた。 和歌山は繊維工業が盛んだったけれど時代とともに衰退し、現在は主要な産業とはいえない。 今使っている機械を動かしてもらった。 すさまじい音で、一台でも話し声がほとんど聞こえなくなるくらい。 働いている人がたくさんいて、すべての機械が動き、織られていく布があちらこちらに運ばれていく様子を想像する。 にぎやかで、生き生きとした工場。 長年使われて今は休んでいる機械の中にも思い出はある。 大切に使われ、多くのものを生み出し、人々と苦労や喜びを共にした機械は、もはや無機質な鉄のかたまりではない。 いのちがあり、初めて会った私にですら語りかけてくれる。 壁に工具が吊るされていた。 無造作に置かれているように見えるけれど、使う人が効率よく使えるように種類分けされ、さまざまなかたちや色のものが並んでいる。
母と高野山に出かけた。高野山に代々住んでいらっしゃる西山さんという方に案内していただいた。 山の上にこんなにたくさんのお寺があって、門前町が開けていることに驚く。 たくさんの観光バスがひっきりなしにやって来て、参道はツアーの人たち、お遍路さん、ガイドさんの説明の声があふれていて、都会のような喧騒。聖地という現実離れしたイメージはない。ここはあくまでも俗っぽく、現実そのもの。 奥の院に入っていく(ここは撮影禁止)。無数の火が目に入る。 お参りするひとたちがささげたろうそくの火。読経の声に包まれながら何百年も守られ続けている火。 たくさんのゆらめく赤い火と大地のうなりのように響きわたるお坊さんたちの声、お線香の煙とかおり。 いきなりちがう世界に飛び込んだような感覚になる。千二百年もの間こんなにもなまなましく力強く同じことが繰り返され、人々は絶えることなく訪れる。この圧倒的な強大なちからはどこからくるのだろう。 弘法大師、空海という伝説の人物がここでは「お大師さん」というとても身近な存在なのだ。 信仰というと最近はなんとなく狂信的で組織的なにおいを感じてしまって危険視したり、疑ってみたりするが、本来はいつもどこかで見守ってくれていて、困ったときは相談に行ったり、頼ったり、だけど親しみやすくあたたかいものなのだろう。お大師さまは今も生きてらっしゃるということがここに来るととてもリアルに感じられる。 小学校生活の中でいちばん心に残っていることば。小学3年生の新学期に先生が黒板にまずはじめに書かれたもの。 「天知る、地知る、我知る」 いつも、どこかで、だれかが見ている。 それは、自分の中にもある目。 現実の向こう側にある世界は、自分の心を突き抜けたところにある世界と実はつながっているのかもしれないと思った。 今度は九度山町から歩いて来ますね。と、西山さんとお約束。 おいしいごま豆腐やおまんじゅうをお土産に買って、帰りの電車は爆睡。 せっかく久しぶりにふたりで出かけたというのに、相変わらずどこでもグーグー寝ている娘に母もあきれていた。
シャクヤクが大きくなって、つぼみをつけました! 3.31に載せたあのちっちゃな芽が1ヶ月でこんなに大きくなって、かわいいつぼみが。。。。 つるつるでぷりぷり、あかちゃんのほっぺみたいでつい触りたくなっちゃうんだけど、だめだめ! どんな花を咲かせるのかなあ?
今年7/9に行われる吉村弘さんの回顧展のオープニングにKOTOVORTEXがパフォーマンスを行うことになり、 今日神奈川県立近代美術館葉山館に打ち合わせに行った。 吉村さんが病床で作られた最後の曲は、ここともうひとつの分館・鎌倉館のための音楽。葉山館に行くのは今日が初めて。 青空が春のうすぐもり色から夏を予感させる抜けるようなブルーへ。雨もきらいじゃないけどやっぱり青い空が好き。逗子駅からバスに乗る。新鮮なおさかなが並んだ市場を通り、 だんだん海のにおいがしてくる。きらきらとうろこみたいに波打つ海が住宅のすきまから見えてくる。そして、真っ白な建物が現れたら美術館到着!バスを降りると目の前には山が迫っている。 新緑が始まって山はにょきにょき育ってこちらに近づいてきそうな様子。吉村さんの奥様・洋子さんと学芸員の方々、VORTEXのメンバー、それぞれの中に生きている吉村弘さんの音楽、作品、思い出、ぬくもり。 和やかな打ち合わせは館内を廻り場所などを決めすぐに終了。海を眺めた。吉村さんは波の音を録ったり、歩いたりして一日ここでひとりの時間をすごした。今わたしたちは同じ場所で同じ海を見ている。 吉村さんはいないけど。。。でも、話は尽きないし音楽はずっとさっきから聞こえている。 どんなちいさな声にも耳を澄ましていた吉村さん。きっと吉村さんの耳は地球も時間も飛び越えていた。 目は見るためだけのものでなく、耳は聞くためだけのものでなく。。。HO・NA・MIを初演したときに広尾の駅の近くで採ってきたんだ!とうれしそうにススキの穂を持って会場に駆けつけてくれたやさしくてこどものような笑顔の吉村さんを忘れない。 みんなと別れて鎌倉駅でよしずを買った。去年の台風でベランダのよしずはぼろぼろ。そっかぁ。。もう夏の準備。青空を眺めながらよしずを取替え、デッキチェアーをきれいに拭いて、さあ!もういつでもここでお月さまを眺めながらビールを飲める! こんなはやくから我が家のビヤガーデンはオープン!そういえば吉村さんはビールが大好きだった。ビールの空き缶でできた楽器もいっぱいある。7月は暑い夏。吉村さんのたくさんの作品に囲まれて音はきっと宇宙の外側へ向かう。吉村さんにもきっと届く。終わったあとはいっしょにビールで乾杯!
4月13日 昨日のハイキングの疲れもなくさわやかに起床。誰もいないホテルの 温泉に朝から入る。今日はいいお天気。 旅ももう終わり。朝食を済ませて、バスで空港に向かう。 出発の時間までまだまだ時間が余っている。といってものんびり山を歩いているほどの時間はないので、タクシーの運転手さんと交渉して、屋久杉記念館に行くことに。 今度の運転手さんは、代々屋久島で暮らしている家に生まれたそうで、山の作業の過酷さ、当時営林省と言われていたいた政府側と労働者の間に起きた過去のさまざまな問題を語ってくれた。この島で生活してきた人々の自然とのたたかい、そして貧しさ。 記念館に到着。運転手さんは外で待っていてくれる。もともとは山岳信仰もあって足を踏み入れなかった山に江戸時代から少しずつ伐採の手が入る。木を切るのに使った道具、作業時の衣服、木についてもいろいろ解説があったけれど人々の生活の道具があまりに生々しくてついそちらに目が行く。加工された木を山から下ろすのは女性と子供の作業。 見終わってまた空港までタクシーに乗る。運転手さんは地元の人しか知らないという道や橋を選んで通ってくれた。 トロッコが人々の交通手段だった名残の線路。橋の上からは、こんな遠くからでも水底が見えるんだと驚いた。途中お墓を通る。お彼岸でもお盆でもないのにどのお墓もきれいに掃除され、お花があざやかに供えられている。「屋久島では、一日に2回お墓参りをする。お墓のお花さえ忘れなければここのお嫁さんは非難されないんだよ。これがいちばん大事な仕事なんだ。」と教えてくれた。 そういえばここには音楽がなかった。
白谷雲水峡 <いざ、出発!> 朝7:00にフロントで昨夜注文しておいた昼食のお弁当を受け取り、路線バスで集合場所へ向かう。小雨まじりのくもり空。山の方は真っ黒な雲に覆われている。屋久島は雨が多いところだからと思いつつもちょっと残念な気分。。。バス停に行く途中通学する小学生たちに出会う。見知らぬ旅行者の私にもみんな「おはようございます!」と元気にあいさつしてくれる。あいさつを何度交わしたかなあ?さわやかな気分になった。 集合場所に到着。ガイドさんがやってきて、今日いっしょにコースを歩く人たちと対面。グループは私とご夫婦2組の計5名。 子供の頃からスポーツはまるでダメで、今だに腕立て伏せは1回もできない有様。体育の授業は苦痛以外の何ものでもなかったし、マラソン大会などはもう最初から学年500人余りのビリを走っていた。やる気なし。 そんな私が急に森の中に入ってみたくなった。歩いてみたくなった。足を踏み入れたこともないデパートのスポーツのフロアーに行き、トレッキングシューズや雨具、リュックを店員さんにちんぷんかんぷんな質問を投げかけながらもなんとか購入。高所恐怖症で歩道橋からですら吸い込まれそうになるほどの臆病者なのに途中吊橋なんかあったらどうするんだろう?普段は慎重なのに、あるとき突然あとさきも考えずにそのときの本能や気分で想像もつかないことをやってしまうのは相変わらず。。。まあ、でも、なんとかなるさ!最近夜寝る前にやっているストレッチで体力にいささかの自信があった?コワイモノシラズ! ハイキングコース入口まで車で移動。途中山桜のピンクや新緑の黄緑がところどころに見える。山はふさふさと葉が繁っていて、羊みたいにもこもこしている。屋久島では亜熱帯から亜寒帯までの植物を見ることができるそうで、海沿いのあたたかい場所でハイビスカスやブーゲンビリアが咲いていても山の上には雪が積もっているということがあるらしい。さあ、入口到着。
<大浴場で考えたこと> 夜、ホテルで食事を済ませて大浴場へ。温泉もあるし、露天風呂もあるし、サウナもついてる。体内浄化しなくちゃ!という意気込み。 宿泊客は、ほとんどが50歳以上のひとたち。もっとも私くらいの人は仕事で忙しく働いている年代なのだから見当たらなくて当然!サウナの中は誰もいない。たまに入ってくる人もいるけどあまりの熱さにみんなすぐに出て行ってしまう。そのあと、露天風呂に行く。ここは人がたくさんいていろんな会話をしている。私もなんとなく参加。 ツアーで旅行している人が多く、みなさん種子島や奄美の方からまわってきたらしい。屋久島はゴルフもできないし、遊ぶところもなんにもないから明日は適当に買い物して帰るんだそう。じっくり廻りたいのに時間が足りないと思っている私とは全然違うんだなあ。。。 世の中はものの感じ方や考え方の違う人であふれている。海や山で目的もなくただ何時間もすごしてしまう私のような人はあまりいない。実はごく少数派らしい。。。 (サウナやお風呂で長時間すごす人だってそう多くはない。) 時間の使い方は、物事の価値観や時間そのものの感じ方で決まってくる。 価値観は人によってももちろん違うけれど、社会の通念としての価値観だって多数派と少数派が逆転することはよくあるし、いいとされてきたことが突然よくないという風に変わることも多々ある。同じ人の中でも変化する。環境に左右されたり、時によっても違ってくる。
<海中温泉水着禁止の謎> 今回、運転と案内をして下さったタクシーの運転手さんはとてもとてもいい方で、私が滝やら海岸やらでものも言わず空を見上げていたり、座り込んで泣いていても、少し離れたところでじーっと私の気のすむまで待っていてくれた。お花や草木の説明をしてくれて、海岸では私につきあっていっしょに貝殻も拾い集めてくれた。 そんな心やさしい運転手さんは次に海中温泉に案内してくれた。和歌山にも海中温泉はあるので別段驚きもしなかったけれど、景色がいいからということで連れて行ってもらった。 はて、その温泉確かに雄大な海の中にあるのだけど、何か施設があるわけでもなく (よくいえば野趣あふれる大自然の中の温泉)別に栄えている様子もない。 それに、なぜか水着禁止!? 「どうして水着はダメなんですか?」と尋ねたら、「お風呂は水着で入るもんじゃないでしょう。」と。そうだけど。。。。。。。。。。 家族連れが楽しげに入浴中。覗きに行くのも失礼だし、遠くから海の写真を撮る。 (やっぱり地元の人しか来ないよねー。) 温泉はもう一箇所あって、そこは整備されていて脱衣場もあるから入浴中だとすぐわかるし、さっきは誰もいなかったから、通り道だしそこにも寄ってみようということになった。 で、到着。脱衣場に人の気配なし。海もきらきら輝いてるし、いい写真撮れるかも!岩場にも近づけそう!となかなかよい感じ。 運転手さんもそれを察して、「駐車場に車を置いて来ますからどうぞ先に行っててください。」と言って私を先に車から降ろしてくれた。私はカメラ片手に「はーい!」と小走りに海の方へ足を踏み出した瞬間、白い波しぶきが勢いよく上がっている岩場に何やら肌色の物体??? な、なんと!男性が一糸まとわぬ姿で岩場に仁王立ちして海の写真を撮っているではないか! 「きゃあ~!!!!」と大声張り上げてなぜか運転手さんに助けを求めていた。 即逃げたつもりだったけど、見事なお尻だけはしっかり目に焼きついてしまった。