Photo and Diary2021-01-04T11:49:53+09:00
2501, 2022

心に映るもの

新型コロナウィルスの感染状況は一旦収束するかに見えたものの、また一気に悪化しました。

皆さん、お変わりなくお過ごしでしょうか?

準備してきたことがいつできなくなるかわからない。という不安定な状況に慣れてはきたものの、やはり何を拠り所にすればいいかわからないという環境にあっては何をしても充足感が得られず、なんとも心はずっと薄曇りという感じですよね。

こんな時って心も空回り状態で、ありあまる情熱や愛情が先走って余計な言動や行動をしてしまい、後から自己嫌悪に陥ることが増えます。(溜息…)

 

昨年末、高校生へのワークショップのために、久しぶりに民族音楽学者の小泉文夫先生の本を開きました。今その続きを読んでいます。

大学生の時に先生から直に講義を受けることができたのは本当に幸運だとしか言いようがありません。

 

『音楽の根源にあるもの』

出版されたのは今から約40年前。自分ではそんなに時間が経ったようには思わないけれど、その本を読むといかに環境が変わったかがわかりました。

もはや「わらべうた」はほとんど生活から消滅し、街にあった物売りの声や田舎に残っていた美しい仕事歌も聞くことができません。街行く人たちは、イヤホンを装着し、そうでなくても、スマホに集中していて耳は閉ざされた状態です。子供たちは外で遊ぶより家の中でゲームをするようになり、さらに、今はまさに、マスクをし外出もままならない状態ですから、窓を開けても車と工事の音が聞こえるだけです。

一方、スマホやPCでは世界中のありとあらゆる音楽を聴くことができ、YouTubeでは自然音や環境音、そして、プロもアマチュアも関係なくいろんな人のパフォーマンスを観ることができます。

 

歴史って動いているんだなあ。と実感します。(自分が生きている間は歴史なんて変わらないとどこかで思っているのですよね…)

 

小泉先生は、著書の中で日本独自の音楽が消え、世界の民族音楽が寂れていくことを憂い、これからの音楽はどうなっていくのかということを書かれていました。

今はどこの国でも伝統音楽や民族楽器を演奏する人がどんどん減っているのが現実です。

世界中の音楽が一つになるということが、世界が一つになるという喜ばしいこととはどう考えても思えません。いろんな音楽が存在した方が豊かに決まっています。

だけど、このままいくと、いつか地球上の音楽は全部似たようなものになっていくのかなあ。と想像します。

 

ああ、やっぱりそれは不気味だ!つまらない!

 

海外旅行に行って楽しいのは、見たことも聞いたこともないものに出会えるから。

違いをリスペクトし、楽しみ、認め合うこと。

それはきっと人間関係にも言えることですよね。

 

社会にはたくさんの区別や分類があります。

どこかで線引きをしなければ社会としての機能を果たせないから?

人は自分の存在や他人の存在をその区別で判断し理解している(理解したつもりでいる)?

その境界線はほとんどの場合目に見えるもので、年齢だったり、収入だったり、成績だったり、地位だったり、外見だったり・・・。

わかりやすくて、はっきりしたもの。

 

だけど、それは本当の自分?本当の誰か?

 

年齢を重ねれば肉体と精神にズレが生まれる、気持ちは若いけれど体はそうはいかない。

その人の本当の年齢はどっち?

もし、自己申告年齢で分けるなら、日本はまだ高齢化していなかったりして・・笑。

 

芸術は測れない。と思う。

それぞれの人が持っているそれぞれの目に見えない価値観で判断されるものだと思うから。

もし、目に見える理論だったり技術だったり、経歴だったり、表面的なインパクトがものさしになって判断されるようになってしまったら、芸術はいつか全部同一化してしまうんじゃないかな?

 

自分の心にどう映るのか。で価値は決まる。

 

自分の鏡をいつも磨いておきたいな。

鏡はたくさんの情報に覆われて曇りやすいから。

 

河原に転がっている一つの小石が、ある人にとってはただの石ころであり、ある人にとってはいつまでも見ていたいアート作品であったりする。

アートって人によっては全く価値のないもの。

それでいいんだと思う。それがいいんだと思う。

だからこそアートなんだと思う。

 

世界中で自分だけがいいと思うものがあるなんて素敵だと思いませんか?

子供の頃したように自分だけの秘密の宝物を持ち寄って見せ合う秘密会議があったとしたら、今もゾワゾワするし、なんとも魅惑的です。

 

今目の前にあるもの、近くで起こっていることは、あなたの鏡にどう映っていますか?

 

音楽家を職業にしてしまうと、いつの間にかより多くの人に受け入れてもらえるものを探すようになってしまいます。だけど、本当は、自分が見つけたとびきりの宝物をみんなに見せたい。というところから始まらなければならないように思います。

 

いざ、宝探しに!

See you soon!

1101, 2022

HAPPY NEW YEAR 2022

あけましておめでとうございます。

新年からのんびりの更新で失礼いたします。

松の内(1月15日)までは『あけましておめでとうございます』のご挨拶で大丈夫とのこと。

1並びの本日、縁起よく新年のHP開きとさせていただきました。

 

『一年の計は元旦にあり。』と両親に教えられていたにもかかわらず、元旦は思いきり朝寝坊して、伸びたゴムのようにだらーっと過ごしてしまいました。そして、次の日も、また次の日も…。

「寝る」ってなんて幸せなんだろう!と、怠け者モード全開。

でも、子供の頃からお正月には一年の目標を立てるのが習わしだったので、ゴロゴロしながらも頭は落ち着かない…。

で、よし!人間、こんな小さな携帯の画面で考えていては小さいことしか思いつかん!(昭和の頑固なおじいちゃん的発想!笑)とばかりに、スケッチブックをAmazonで購入し(ここはちゃんと時代に適応!)、2Bの鉛筆を握りしめ、白い紙を前に腕組みして考えました。

 

まずは年間計画作成。

今年のメイン行事は、私の教室の30回記念演奏会。

8月和歌山@和歌山城ホール、11月東京@日本橋公会堂。

そして、春には『poetic』、秋には『西陽子 海界をうたうⅡ』。

 

30回記念演奏会の企画は?

今から30年前ってどんな様子だったっけ?

1992年バブル崩壊。バルセロナオリンピックがあり、東海道新幹線のぞみの運転開始。

調べていくと、どんどん企画から離れて、過去の出来事に、そういえばそんなこともあったなあ。とか、ふむふむ、そっか、この問題は実はここから始まっていたのか・・・とか、歴史に興味が移り、目標を立てるという目標からも遠ざかり、実生活も頭の中も相変わらずの寄り道ばかり。(それにしても、自分が辿ってきた時代を振り返るのはなかなかおもしろいですよ!もちろんある年齢になってからですが…。笑)

 

私はよくひとりで問答して考えごとをするのですが、最近の話題は、

「頭と心と体と、どれが一番大事だと思う?」

 

全部大事に決まっているし、影響しあってるんだから愚問かもしれませんが、私は「心」ではないかと思うのです。喜怒哀楽のような感情や衝動は心の表層で、その奥深くにもっと複雑なものがあって、実はそこに人間の存在の根源的なものがあるような気がするのです。

 

なのに、今、心が一番後回しになっているような気がします。心が軽んじられている…。

頭と体を鍛える方法は習うけれど心を鍛える方法は教わらない。

頭と体のことに一生懸命で心はいつもおざなりになっている。

だけど、本当は心が一番大事だと思う。

 

心は「生きる」、そして「幸福」に直結しているように思うんです。

新年の話題にふさわしくなかったかな?笑

 

音楽は、アートは、「心」を映し出すもの。「心」をつなぐもの。「心」そのもの。

だから音楽家は心の奥深くにあるジャングルのさらにその奥まで探し続けなければならないのだと思います。

雛のように、剥き出しの「心」は弱く、痛々しく、限りなくいとおしい。

でも、待っていてね。と、私は自分の心の奥にある自分の「心」に言い続けています。

 

やっぱり今年も子供の頃からの道草癖は治らず・・笑

 

結局、今年の目標は見つかりませんでした。

それは具体的な伸びしろがだんだん無くなってきたからかもしれませんが、逆に言えば、もっと大きくて深い目標を持てるようになったとも言えますよね!

と言いつつ、楽しいコンサートに皆さんをお迎えしたい。という思いで、頭の中は現在企画会議中!

 

皆様のご健康とご多幸をお祈りしています。

佳き一年になりますように。

どこかでお目にかかるのを楽しみにしています!

 

散らかり放題の文章に本年もどうかおつきあいくださいませ。

よろしくお願いいたします。

See you soon!

3112, 2021

Hama House、こぼれ話、そして、来年は・・・

今年も残すところあと30分となりました。

さあ!ご報告したかったコンサートはあとひとつ。日本橋浜町にあるHama Houseでのミニライブ『はじめての箏』について。

素敵なカフェで、10人余りのお客様。お箏のことを知らない方に楽しみながら知ってもらおうという企画。京都の一保堂茶舗さんとのコラボレーションで作られたオリジナルのデザート付き。

今回は、新しい試みとして、クッキング番組方式で。柱を立てるところからチューニングまで本来なら舞台裏で行われることも全部公開して、演奏に入りました。

本が天井まで高々と並べられたブックカフェ。本が好きで入ってみたのだけれど、ここで弾いてみたい!という衝動から、いきなりオーナーさんに演奏させてもらえませんか。と突撃営業!実現していただきました!

お箏が好きになってもらえていたらいいなあ・・。

 

ここからは、こぼれ話というか余談というか・・・実は、というか、懺悔というか(笑)

●12月12日の『西陽子 plays 箏百景』の本番直前、着物に関するあるものを忘れてしまい、周りのみんなを大騒ぎさせてしまいました。ただでさえ調弦や準備で忙しいkotonosのメンバーに近くの呉服屋さんに走ってもらい、あれこれ工夫してもらい、無事何事もなかったかのように(笑)舞台に立つことができました。20代の頃、ホテルのレセプションで生演奏するアルバイトをしていましたが、忘れ物をすると助け合いをしました。誰かが帯を忘れた時、きれいな和柄の油箪(ゆたん・箏を包む布)を帯に見立ててみんなで工夫して締めました。お客様にもホテルのスタッフさんにも誰にも気づかれませんでした。どんな時も知恵を出し合えばなんとかなるもんですね!というか、忘れ物してお騒がせしてごめんなさい!

●10月31日の『和歌山城 光と音の饗宴』は午後8時過ぎからのコンサートでしたが、夜露がすごくて箏柱が箏に貼りついてピクリともせず、こんな時に限って転調(柱を動かして音程を変える)の多い曲を選んでいて、大変でした。野外だったので、楽譜が風で飛ぶことばかり心配していましたが、その心配は全くなく、むしろ楽譜はしっとりしてよれよれになってしまい、ページがめくれない・・という状況。演奏が全て終わった後は楽器も水分を含んで重くなっていました。和歌山城を背景に照明は華やかで、とても素敵なステージでしたが、実は真っ青になりながら演奏していました。ラテンメドレーでは踊ってくれていた方もいたとか?楽しんでもらえてよかった!!!!

夜に野外演奏をする方、ご注意あれ!

 

2018年に母が旅立ち、2019年に父が旅立ち、2020年にはコロナパンデミックが発生しました。演奏することが辛い時期もありました。

そして、2016年に東京でリサイタルをして以来ほぼストップしていた活動を再開させたのが今年・2021年でした。今年はまた、お弟子さんたちの中でご家族のご病気やご逝去など悲しいことが多かった一年でもありました。

今でもやはり年末年始は特に家族の思い出が多く、寂しさや悲しみが消えることはありませんが、両親への尊敬と感謝の念は増すばかりです。

コンサートをすれば両親にも聴いてもらいたかったなあ。と思い、一緒に話がしたい。と思います。そんな時は、寂しくて悲しくて泣いてしまうけれど、もし生きていたらこんな時なんて言うだろう?何を一番望んで、喜んでくれるだろう?と想像します。

まずは、健康であること。そして、幸せであること。だろうと思います。

さらに私の音楽を聴いて喜んでくださる方がいたなら両親もどんなに喜んでくれるだろうと思うのです。

 

来年は私の教室のおさらい会が記念すべき30回を迎えます。例年は和歌山県立図書館きのくに志学館のメディアアートホールで開催していますが、今年は先日私が演奏した和歌山城ホールにて盛大に、記念企画をもって開催いたします。そして、同時に東京の日本橋公会堂でも開催いたします。

この二つの大きなコンサートが私にとって来年の柱となるメインイベントです。私は教室の皆さんを大家族だと思っています。いつも支えてもらい、助けてもらい、励ましてもらっています。

そして、私は、箏を通して皆さんの生活や人生を元気に楽しく幸せにしたいと思っています。その割には、いつも課題がヘビーですが(笑)。

おさらい会は演奏以外に全ての人が係の仕事を担当しており、みんなで制作してきました。それぞれが手を尽くし責任を持ち、信頼し合って、コロナ禍にあっても知恵を出し合い、客席数は減らしたものの演奏会を中断することはありませんでした。この信頼関係は私たち教室生の間だけでなく、お客様とも共有することができ、それがそこにいる全ての人々に静かな感動を与えてくれました。

年齢を重ねたことで得られる経験からの知恵、若いからこそ生まれる新たなアイデアをみんなで持ち寄って作る演奏会。この姿勢はずっと変わりません。

アイドルさながら年齢に関係なくそれぞれのお弟子さんにそれぞれのファンの方がついている我が教室。自慢の教室です!

 

Our Koto class is our home!

 

私自身は、スタートさせたコンサートシリーズを継続し、作曲に関わる時間を増やしていきたいと思っています。

ここ10年くらいはソロ活動がほとんどでしたが、今年はチームでの舞台が多く、そこから生まれたたくさんの感動を思い返し、大晦日の今日、あらためてかみしめています。

一人で抱えていては大変なことも、仲間と分かち合えば、笑顔で乗り越えていける!そう思わせていただいた1年でした。

一緒に舞台を作ってくださった方々、応援し支えてくださった方々、そして、このHPを訪ねてきてくださる皆さん、本当にありがとうございました。

 

演奏も、音楽も、生活も、人生も、全身全霊をかけて

時代も、境界線も、自分も、超えていこう

涙をいっぱい流して

笑いの種をいっぱい見つけて

 

来年もどうぞよろしくお願いします。

どこかでお目にかかれる日を楽しみにしています!

健やかに。お幸せに。

 

良いお年をお迎えください。

See you soon!

3012, 2021

『紀の国わかやま文化祭2021』開会式より

水天宮から人形町のあたりには提灯が並び、仄かな灯りが列をなしています。

今日でお正月のお飾りの露店は閉店。

明日はいよいよ大晦日です。

 

さて、今年は和歌山で国民文化祭「紀の国わかやま文化祭2021」が開催されました。私は開会式と、和歌山城西の丸広場で行われた「和歌山城 光と音の饗宴」、そして、田辺市紀南文化会館で行われた「全国邦楽合奏フェスティバルin田辺」に出演させていただきました。

 

国民文化祭は国主催の大きなイベント。23日間にわたって繰り広げられるイベントのオープニングを飾る開会式は、中でも特に華やかなものであり、約1年半をかけて制作され、当日は天皇皇后両陛下がご臨席されました(コロナ禍のためオンラインでのご臨席となりました)。

 

私は企画段階から関わらせていただき、今回は演奏だけでなく作曲と編曲も担当しました。

「山青し 海青し 文化は輝く」というキャッチフレーズで、私が出演したのは「海青し」のシーン。

山部赤人にも謳われた穏やかな干潟の海・和歌浦、そして、激しい黒潮洗う聖地・熊野の海の映像を背景に、きのくに音楽祭2019をきっかけに出会ったメンバー、三味線・木乃下真市さん、尺八・辻本好美さん、パーカッション・大家一将さん、ピアノ・上野山英里さん、そして私の5人の演奏家(『KEY TRAD.』というバンドとして、また皆さんに演奏を聴いていただけたらと思っています!)に現役の桐蔭高校箏曲部員(OG2名)も加わり、さらに子ガラスたちがその音楽に乗って華麗なダンスパフォーマンスを繰り広げました。

私が作りアレンジした作品が実際に音になり、その音楽に振付がなされ、さらに広い舞台にはドローンで撮影された映像が半球面の大画面に映し出され、一生懸命練習を重ねた子供たちが踊り、私自身も演奏で加わる・・・・この感動はもう叫びたいくらい(笑)大きなものでした!

 

そして、何と言ってもこれだけ大きな舞台に関わるスタッフの皆さんのパワーは凄かった!!!全体の時間は厳密に決まっており、映像や照明・音響とのタイミングがあるため舞台転換は秒単位で制限されています。緋毛氈を敷き、高校生チームの箏14面を並べ、私のために立奏で箏と十七絃をセッティング。転換時間のリミットは1分30秒。リハーサルを重ね、毎回ミーティングで見直しし、改善し、最初は不可能とも思えたこのタイムが本番ではさらに短縮されていたのですから、本当に凄すぎます!

スーパーイリュージョンの世界でした!

本番、スタッフも演奏者も少しのミスもできない状況の中で、みんなの一体感はピークに達し、熱を帯びたパフォーマンスに大きな拍手が送られた瞬間に喜びが溢れました!

まさにこれぞ「文化祭」!

大変だったけど(だったからこそ?)すごく楽しかった!!!

アンコール配信はコチラ(〜2022年1月4日)

 

NHKで放映されたこともあり(全国ではダイジェスト版)、いろんな方々から感動したよー。和歌山を誇りに思えた。などなどメッセージをいただき、本当に嬉しかったです。

制作のプロの方々の仕事を現場で間近に見ることができ、一部でも関われたことは私にとって本当に貴重な体験でした。

時間をかけて磨きをかけて行くことの大切さと素晴らしさを改めて学びました。

そして、演奏だけでなく私の作曲した作品を使っていただけたことに背中を押されたような気がしました。

 

今年は、自分の時間のかなりの部分を作曲に注ぎました。

私のコンサートシリーズとして今年スタートさせた『poetic』『Koto Cross Composing Project  西陽子 海界をうたう』そして、紀の国わかやま文化祭開会式で新作を発表、アレンジも同じく開会式と『西陽子 plays 箏百景』で発表しました。

手探りではありますが、アンサンブルの作品も少しずつ作り始めました。

 

そんな中、なんと!このタイミングで作曲の委嘱をいただきました!

全く邦楽とは関係のないプロジェクトからいただいた降って湧いたようなお話。(今からドキドキしています。)

 

来年も新たな冒険の旅へ!

See you soon!

2912, 2021

『西陽子 plays 箏百景』レポート 最終回

さて、『西陽子plays 箏百景』いよいよラストまでのお話。

 

神田さんの作品の次は、松本英明さんの作品「約束の空へ」をkotonosのメンバーと初演しました。

演奏していると、心が洗われて澄みきった青空を眺めているような気持ちになって、「大丈夫!明日からまた頑張ろう!」という希望が湧いてくる作品です。

弾き方、強弱はお任せしますということで任されてしまったのですが(笑)、そういう作為?は似合わないと思いました。ただ弾くだけで清々しくて、無理に歌おうとしなくてもメロディーが自然に歌ってくれるから。

これからも弾き続けていきますから、皆さんにもいつかどこかで聴いていただけると思います。そして、松本さんの今後の作品にも乞うご期待!

kotonosというのは、私の教室で私より若くて(笑)音楽活動をしている人たちのグループです。箏を弾く人たちの「巣」=『箏の巣(kotonos)』。ここから巣立っていくもよし、羽を休めに来てもよし、ここに来れば仲間がいるよ。という場にしたいと思いました。コトノスという音がギリシア風?なのもいいのでは。と勝手に思っております(笑)。

メンバーを固定しているわけでもなく、定期的な活動をしているわけでもありません。プロの演奏家として活動している人もいるし、アマチュアとして地域の活動に参加している人もいます。共通点を強いて言えば、箏への情熱。そして、メンバーそれぞれがちゃんと自立していることでしょうか。

ソロのレパートリーを持っていて、スタッフの仕事もできて、例えて言うならひとりでキッチンカーでも露店でもどこでもお店をオープンできるような人たち。

プロの演奏家の集団でもなく、アマチュアのグループでもないアンサンブル。

固定観念に縛られず、それぞれのスキルを持ち寄ってお互いに刺激し合い、面白くて新しいことを生み出せるクリエイティブな場になることを願っています。

 

そして、次は沢井忠夫作曲「詩(うた)」。

kotonosのメンバーと桐蔭高校箏曲部の卒業生有志が参加してくれました。

全員私が手ほどきから教え、子供の頃から指導した江原優美香さん以外は桐蔭高校で初めて箏に触れた人たちです。あっという間に上達し、今や助演して支えてくれる存在にまで成長した皆さん。いや、もはや、その強いエネルギーは、時には私を触発し、時には巨大な波のように覆いかぶさってくるのでした。

 

私は箏群のメンバーとしてこの作品を沢井忠夫先生と一緒に演奏した経験があります。ですから、ソロを弾くとその時の先生の音がありありと甦り、はっきりと聴こえてきます。もうすぐ先生が亡くなられて25年になろうというのに・・。

ずっと先生を追いかけてきました。先生が偉大すぎたので自分の才能の無さに落ち込むことはあっても競争意識に囚われることはありませんでした。

音色は千差万別。先生と同じ音を出すことは不可能。結局、私は私の道を探し、でも、根っこにはいつも先生のあの音がありました。

音色や表現が違っていたとしても、先生のように、激しく悲しく限りなく優しい音、楔を心に打ち込んで阻んでいるものを叩き壊し存在を根底から揺るがすような音、音楽を生み出したいと思ってきました。

 

今回のコンサートにもいらしてくださり、応援し続けてくださっている恩師・熊沢芙佐子先生(小学校の担任の先生でした)が小学校卒業の時に黒板に書いて贈ってくださった言葉は、「青は藍より出でて藍より青し」でした。

「あなたたちは多くを学び、私を超えて羽ばたいていくのです。」とおっしゃったことを今も鮮明に覚えています。

 

沢井忠夫先生を今も追いかけている自分。

そして、「先生」と言われる自分。

今、私はどの辺を走っているのだろう?と思います。

でも、そんなことはわからなくてもよくて、ただ一心に、めざすところがあれば走りゆくのみ。

まだ見つからないから。

まだ納得できないから。

 

プログラム最後の曲は私の自作曲「月夜の海」。

聴いてくださったお客様に、

共演者のみんなに、

支えてくれたスタッフのみんなに、

いつも応援してくれる方々に、

大事に育ててくれた両親と妹たちに、

たくさんのことを教えてくれた先生や友人に、

こうして今普通に生きていられる幸せに、

ただただ感謝の祈りをこめて演奏しました。

 

アンコールは、出演者全員で葉加瀬太郎さんの『情熱大陸』を演奏しました。

私のアレンジができたのは演奏会直前でしたが、箏曲部卒業生の皆さんも見事に演奏してくれました。

会場中にお客様の手拍子が響き渡り、心から楽しく、本当に幸せでした。

 

中学・高校時代からの同級生の友人が来てくれていて「今までで一番にっこ(私は小学校時代からこの愛称で呼ばれていました。)らしかった気がするよ。これがにっこのやりたかったことなんじゃない?」と言ってくれました。

 

箏を始めて50年以上経ってようやく私らしいコンサートができた?笑

 

でも、いろんなことに挑戦してきたからこそ『箏百景』を実現できたと思いますし、それが私の目指してきた私の音楽でもあるなあと思いました。

まだ皆さんに体験していただきたい箏の風景があります。

またすぐにお会いしましょう(See you soon! いつもの決めことばですが。笑)。

『西陽子 plays 箏百景』レポートはこれでおしまい。

 

さて、このペースで他のご報告が年内にできるのか。と皆さんお思いのことでしょう。(私もそう思います。笑)

今年もあと2日(汗)

See you soon!

2512, 2021

高校時代

2021年も残すところあとわずか。

コンサートのご報告の合間にちょっとブレイクタイム。

2021年の活動は和歌山と東京の高校生へのレッスンとクラスで締めくくり。今年は、和歌山での国民文化祭のイベントなどいつもにも増して高校生と接する機会の多い一年でした。

今年の3月で母校・和歌山県立桐蔭高校の箏曲部を指導して35年になりました。

箏曲部の講師としての私は、子供たちに次なるミッションを用意し、どうしても動けなくなった時にほんの少しヒントを出して、あとは「がんばれー!」と応援するだけ。

高校生たちは無理難題とも思える私からのミッションも必ずどうにかしてクリアします。

 

私にとって学生時代の中で一番楽しかったのは高校時代。

自由でおおらかで、だからみんな個性も豊かで笑いが絶えませんでした。

私は芸大を目指していたので、月に1回は大阪の沢井先生のレッスンに学校を早退して通っていました。

国立大学にはその当時共通一次試験があり、全ての志願者は全ての教科の学科試験を受けなければなりませんでした。私は苦手な理数系の試験も受けなければならないというのに、化学に至っては黒板に書いてある化学式がもはや宇宙人の暗号としか思えない状態になっていました。家では箏の練習があり、苦手な科目は宿題も追いつかない状態で、理数系を得意とする友達に解答を写させてもらったりしていました。それを見透かされて数式の説明をさせられしどろもどろの私に、先生は、他にやるべきことがあるのだからしょうがないね。とちょっぴりあきれ顔で、でもこれだけはやっておきなさいよ。というポイントアドバイスをくださり、見逃してくれていました。

音楽の授業は、2学期は自由発表で、自作曲の弾き歌いや中国語で中国の歌を歌う人たちや、バンド演奏、クラシックのピアノソロ、などを披露。もはや授業ではなくお楽しみ会状態。大盛り上がりでした。この時の音楽の担任は杉原治先生。桐蔭音楽祭を発案、プロデュースされました。なんと、オーケストラを招いて、1部は卒業生の演奏家とオーケストラとのコンチェルト(後に私もこの音楽祭でオーケストラとのコンチェルトを演奏させていただきました。)、2部はヴェルディの「アイーダ」などオペラの合唱曲をオーケストラと一緒に音楽選択生が歌い、観客は全校生徒とスポンサーとなってくれた同窓会組織の方々で大ホールは満員。とという壮大なものでした。

自由発表以外の音楽の授業はこの合唱曲の練習に充てられました。この企画を実現させるために先生にどれだけの情熱とご苦労があったかは計り知れません。ただただ、凄い!という尊敬の念に尽きます。

現代国語の授業は面白くて、萩原朔太郎などの現代詩も初めて知り、先生が黒板に一筆書きで丸を描かれ、それをずっと鑑賞するという授業もありました。後にそれは禅の円相と言うものだと知りました。

こんな風に先生方に守られ、伸び伸びと育てていただきました。授業の中で、記憶に残っているのは、実は、教科書以外のことというのはなんとも・・笑。

友人たちも、お互いに尊敬し、それぞれの道に進むことを応援し合いました。

 

私のコンサートには今も高校時代の友達が足を運んで応援してくれています。ドイツで演奏した時、ちょうどドイツに赴任していた同級生が奥様と一緒に来てくれました。当時は特殊奏法で様々な音を使ってよく即興演奏をしていました。

その友達が、日本に帰国し、今年の東京でのコンサートにも来てくれました。次回は現代音楽のコンサートだよ。と手紙に書いたら、あのお箏をギコギコ擦る姿を思い浮かべたけど・・・というお返事の手紙をもらい、思わず笑ってしまいました!

あれがお箏のイメージになってしまった友達は果たして幸せなのか・・・笑。

どんなことも興味を持ってありのままに受け入れてくれて、正直に感想を言ってくれて、応援してくれる同級生ご夫婦にあらためて感謝の気持ちが込み上げ、やっぱり友達っていいなあ。と思いました。

 

12月のコンサートにも、11月のコンサートにも高校時代の友人たちが応援に来てくれました。自分のことのように感じてくれて、ほとんど家族目線で、嬉しかったです。

 

箏曲部の講師として細かい技術指導はほんのちょっぴり。いつもは、卒業生の中西裕子さんが細やかに生徒たちの相談に乗り、アドバイスして指導してくれています。

 

私は高校生たちの見ている、住んでいる世界をぐんと拡げて、羽ばたける空の大きさを見せてあげたい。

 

野生的でたくましくサバイバルできる人になってほしい。

楽しむことを大事にしてほしい。

優しさを忘れないでほしい。

 

箏を通して、音楽を通して、高校生たちにいつも願っています。

 

私も、気持ちは!高校生の頃と変わっていないんだけれどなあ(笑)

See you soon!

Go to Top