Photo and Diary2021-01-04T11:49:53+09:00
172026/01/17

最近思うことあれこれ

いやはや、年齢を重ねると薬や病気や健康の話ばかりになるというのには、理由があるのだ。

ともかく、身体のあちらこちらに不具合が出てきて、こちらが治れば、今度はあちらというように、もはやもぐら叩き状態なのである(笑)。

大したことがなくても、悪化するスピードが速く、回復が遅い。

これにいちいちイライラしたり、落ち込んだりしていると、よき時間が目減りしていくのだ。

だから、ちょっと億劫だけど、早めに受診するに限る。

 

というわけで、私の最近の健康話など。

若くてぴちぴち(この言い方古い?笑)の方々は、多分退屈だと思いますが、よかったら読み進めてみてください。

 

ついレッスンや練習などに夢中になっていると、水分を摂ることを忘れてしまうので、最近は、朝一番に淹れた緑茶と、鉄瓶で沸かしたお湯を水筒に入れることにした。

緑茶は、水筒を開けた時の香りがなんとも言えず芳しく、それだけでかなりリラックスできる。

鉄瓶で沸かしたお湯は心なしかまろやか。

 

そして、夜寝る前は、ルイボスティー。

パジャマでゆっくり時間をかけていただく。

そうすると、すごくよく眠れるのである。初めてルイボスティーを飲んだ時、泥のように眠くなったので、私の体質にはきっと合っているのだと思う。

不眠で悩んでらっしゃる方、試してみてくださいね。

 

「香り」がこんなにも自分に影響を与えるものだとは思わなかった。

書道を習うのも、墨の香りが決め手だった。

「香り」って大事!

 

話変わって、最近、動画で若い人たちの演奏を聴いてみた。

明らかに「歌いたい」場所が違う!

いやいや、そこは、そんなに歌い込んでは、こっぱずかしいでしょ。こういうメロディアスなところこそクールに弾くのが粋ってもんでしょ。と思う。(多分、若い人が私の演奏を聴いたら、いやいや、この美しいメロディーこそメロウに弾いて、テクニカルなところはもっと軽やかに弾かないと重くてダサい。と思うでしょ。笑)

これはなかなかの新発見!

 

そして沢井忠夫先生の演奏を久しぶりに聴いてみた。

めちゃくちゃクセが強い!(笑)過激である!

いつの間にか、自分の中で先生の演奏が地味でマイルドになっていた!

これも発見である。

 

いろんな解釈の演奏を聴くのは楽しい。

聴きながら、「いいんじゃない。あんまり好きじゃないけどね(笑)」なんて思ったりもする。(上から目線?ではなく、ちょっぴり横目(ー ー;)

 

そう言えば、忠夫先生は、私が子供の頃、舞台裏でいつも聴いてくださっていて、演奏を終えて戻ってくると「よかったよ。」と言ってくださったけれど、大学卒業後もレッスンで褒めてくださることはなかった。

最高の褒めことばは、タバコの煙を燻らせながら、ゆっくりとした口調で一言。

「いいんじゃない。」

 

なんだか宙ぶらりんな感じがしたけれど、今なら少し先生の気持ちがわかる。

ちょっといじわるばあさん的になってきたような気もするけど(笑)

 

See you soon!

72026/01/07

2026年の幕開け、おめでとうございます!

あけましておめでとうございます。

松の内、ぎりぎり滑りこみ投稿です。

ああ、新年からこれでは思いやられるなぁ・・・

あらためまして、旧年中はこの場にお越しいただき、私の駄文をお読みくださり、ありがとうございました。

今年も、こんな感じですが、お立ち寄りいただけると嬉しいです。

どうかよろしくお願いいたします。

 

昨年は大晦日までレッスン。最終レッスンは、小学生の子供たち二人。

いつもは個人レッスンなのですが、大晦日特別合同レッスンにし、時間は倍の2時間。

今年の夏のおさらい会のラストで、5年ぶりに「世界の民謡メドレー1」(池上眞吾編曲)の民族衣装コスプレバージョンを演奏する予定で、ちょっと難しいけれど、大人に混じって「やってみる?」と子供達にも声をかけたら、参加したいとのこと。

大晦日はそのための譜読み合同レッスン。

途中お母さんから頂いた差し入れのドーナツタイムはあったものの、正座のしびれと闘いつつ弾き続けました。

2時間後、「さあ、よく頑張ったね。今日はもうここでおしまい。」と言った私の言葉にも気づかないまま、弾き続ける二人。

どうも、もう少しで弾けそうだけど弾けない箇所があるらしい・・。

そのうち、二人から「先生、これからあと1時間自主練習していいですか?」という申し出が!

お母さんたちも待ちぼうけ。

私はその間にお茶碗を割りました(ずいずいずっころばしか!笑)

 

というわけで、難しい曲ほど燃える子供たち。

しかも、子供たちはみんな私をライバルと思ってる。(今思うと、私も子供の頃は、恐れ多くも沢井忠夫先生をライバルと思っていた!笑)

私がサラッと難しいテクニックを弾くと、いつもムキになって悔しがっています。

「っていうか、私、お箏何年やってると思ってんの?あなたたちの生まれるずーーーーーーっと前から何10年も弾き続けてるんだから、10分やそこらでできるわけないでしょ。私の立場はどうなるわけ?」と、私が言うと、余計ムキになって弾きまくって、さらに悔しがって、なぜか燃えまくる子供たち(笑)

こっちだって悔しい!(笑)負けてなるものか!(音楽は競争じゃありませんよ。笑)

 

幸せな大晦日を過ごし、コンビニ年越しそばで、よれよれになりながら新年に突入。

 

元旦から1月11日に向けて練習。

2日は、妹と日本橋に出かけ、書店へ。

可愛い文房具に目の無い私たち姉妹は、読みたい本が見つからず、あれこれ可愛いグッズを見つけ、レジへ。そのレジの脇にあった本に、なんとなく目をやり、なんとなく本能?直感?でカゴに入れ、そのまま購入。

 

ハン・ジョンウォン作(橋本智保訳)「詩と散策」

 

新年早々にこんな素晴らしい本に出会えるなんて!幸先がいい!

ゆっくり味わいながら読んでいます。

 

それからの日々は、練習したり、Instagramに投稿するための動画を撮影したり・・。

温かい応援メッセージに涙したり・・。

 

動画を撮って、スマートフォンの画面で見てみると、思っているより演奏が荒っぽく見える。

なるほど、この画角の中できれいに見せて聞かせるための弾き方と言うのもあるんだなあ。と、新たな発見をしました。

でも、私は、この画角に収まりたくない!はみ出るくらいが好き!(野生児ですから。笑)

閉じ込められてなるものか!

だからぜひ生演奏を聴いてください(笑)。

 

1月11日には八橋検校作曲「六段(古典)」、宮城道雄作曲「手事」、沢井忠夫作曲「讃歌」、そして、私のオリジナル曲「花一夜」を演奏します。

予告編の動画を撮るのに何度か撮り直したのは自分の曲だけ(笑)

暗譜していないのも自分の曲だけ(笑)

どういうこと?

 

今年は、これまで弾き続けてきた曲や、自分のオリジナル曲も動画投稿していきたいと思います。

最近すっかり休んでいた現代作品のレパートリー開拓もゆるゆると。

そして、作曲します!

 

旅行はもちろん、美術館も行きたいし、映画や舞台も観たい。

本ももっと読みたいし、ピアノも弾きたいし、ヨガももうちょっと頑張りたい。

昨年始めた書道はもう少し筆が上手く使えるようになりたいし、途中で挫折した手話と手芸も復活させ、写真もまた撮りたい。

できれば、ポルトガル語も少しは話したいし・・・

 

そして、昨年のDiaryにも記したとおり『Small, Smart, Slow』な生活に。

 

こんなにしたいことがいっぱいあると、忙しくなってしまうのでは?

いえいえ、全部を毎日するわけではないし、1日10分だけ楽しむこともできます。

私はなんでもやりすぎてしまって、そのために、楽しみやリラックスや息抜きが、いつの間にか辛いものに変わってしまう傾向があるから要注意!

 

全てにおいて余白を持ちたい。(それが余裕というものなのかな?)

 

そして、「楽しむ」ことを大切にしたい。

うんざりするようなことや、めげそうなことがあっても、それを楽しめる魔法を身につけたい。

 

〇〇したいことの羅列で始まった新年(笑)

 

そういえば、今年はパスポートを更新しなければならず、「また10年パスポートにするかな。」なんてお気楽に考えて、ふと、気づいたら、えっ?10年後って私、もしかして、70代になってる?

もしかしなくても、70代である!

いやはや、70代も遠くないのである・・。

 

みなさんの身体と心が健やかでありますように。

2026年も、私のおしゃべり日記にお付き合いください。よろしくお願いします!

See you soon!

242025/12/24

Merry Christmas ! そして、ありがとう2025!

ブラジルから帰国し、すぐに和歌山県の熊野・中辺路に新しく開校したうつほの杜学園で子供たちやご父兄・地元の方々に向けてワークショップをしました。

これをきっかけに、我が教室初の遠足を敢行!11月のレッスンでお声がけをしました。

16名の生徒さんが参加。車に分乗して、熊野のいい空気を吸って、川沿いのレストランでせせらぎの音を聞きながら一緒にお食事しました。

今回は突然の思いつきだったので、遊びの計画があまり立てられなかったのですが、すごく楽しかったので、これからはこういう機会も作っていきたいなあと思いました。

 

帰国直後は、ワークショップもあって気が張っていたせいか元気だったのですが、その後、時差ボケと不調が重なり、さらに数ヶ月前からかゆみや赤みが気になっていた瞼が急に真っ赤に腫れ上がり、恐ろしい形相に!眼科と皮膚科に行ったところ、調子が悪いのを繰り返していたために皮膚が硬くなり分厚くなってしまっているとのこと。完治までは時間がかかると言われ、ショック!今は、ステロイドの軟膏のすごい効力によりほぼ回復。

みなさん、調子が悪い時は早めに受診しましょう!

 

ブラジル渡航直前、長年愛用していたスニーカーが限界を迎え処分。スーツケースと腕時計が壊れて修理。譜面台のネジが効かなくなり、ついに処分。お気に入りのイヤリングも劣化し、使用不可能に。帰国後には、瞼の不調もあって、今まで使ってきたかなりの化粧品を処分しました。

 

変わり目なのかな・・涙。

 

若い頃は、自分が時代のど真ん中を風を切って走っている気がしていました。(思い上がりも甚だしい?笑)

それがいつの間にか、時代と自分のズレを感じるようになりました。

 

時代の革命家であり異端者でもあった沢井忠夫先生の音楽は正統派の王道となり、野坂恵子先生が創られ演奏された二十絃には賛否両論がありましたが、今や多くの箏の演奏家が、二十絃、二十五絃を演奏するようになりました。さらに、洋楽器や民族楽器との共演や即興演奏はもちろん、現代音楽で実験的に行われていたエレクトロニクスとの共演やそれによる音の変調や拡張を邦楽器の演奏家が自ら行うことも多くなりました。

もちろんその技術はどんどん複雑化し、多様化し、進歩しています。

私自身のことで言えば、リサイタルで私が30年前に委嘱初演した作品は、当時注目されることもなかったけれど、今、演奏家をめざす人たちにとって定番の曲になりました。

 

時代の価値観って本当に変わるものなんだ。というか、自分が生きている間に時代の変化というものを実感するとは想像もしていませんでした。

 

変化する時代の中で、音楽にもトレンドがあり、音色にもトレンドはあると思う。

声質で言うと、アナウンサーの声質は昭和と現在では全然違う。箏の音色にしても、レコードで聴く宮城道雄先生の音色は、糸の材質や張力、録音の技術を差し引いても、現在の多くの人が奏でる箏の音色とは明らかに違う。

価値観や理想、嗜好は少しずつ変化していて、「正しいいい音色」というものは決められません。

 

私はピアノをずっと弾いてきたので、二十絃や二十五絃で音楽の可能性が広がることもよくわかるし、多くの絃が共鳴することで華やかな音響になることもわかる。ただ、実際経験もしたけれど、私にとっては、その音色や、演奏するときの楽器に対する自分の感触という身体的感覚が、過剰でもあり、物足りなくもありました。

エレクトロニクスは面白いと思うけれど、年齢以前に、苦手で使いこなせない(笑)。

不器用な私は、拡張するよりもむしろ限定し絞り込んでいくことで、密度を高め深めていく方が性に合っている。

 

私の立ち位置は、トレンドの遥か後方、もしくは、外側。

自分が得た経験のまとめができないまま、逡巡していたら、この場所から動けなくなっていました。

まだ何もできていない。一生できないかもしれない。

それでも、だから、私はここにいる。

箏が、音楽が、

自分にとって正直で、惰性にならないために。

ずっと続けていくために。

 

素晴らしい木も、名人と言われる職人さんも、少なくなっていく時代の中で、やはり箏の生の音を聴いてもらいたいという思いが強くなりました。

気候変動により地球環境が危ぶまれ、職人さんの後継者が激減している今、もしかすると、この自然の美しい音を生で聴けるのはもう最後かもしれません。

だから、今、聴いてほしい・・。

 

時代のしんがりも、はなれも、また良きかな。

走らず、佇む。

静かに、ひそやかに、だけど、濃密に、深遠に、音色にとどまりたい。

木の声に耳を澄ませたい。

 

1月11日、東京の日本橋高島屋新館にある日本橋ガレリアコミュニティースペースで小さな音楽会と体験会を始めます。

https://www.nihombashi-loop.com/loop/asp-webapp/web/WTopPage.do

演奏する曲目は、八橋検校作曲(古典)「六段」、宮城道雄作曲「手事」、沢井忠夫作曲「讃歌」、私自身のアレンジまたはオリジナル作品の中から1曲の予定。

定員は16名です(広報が今からですので、来て下さる方がいるかどうか・・・。でも、たとえおひとりでも、心を込めて演奏し、手ほどきさせていただきますので、ぜひゆるりと気楽にお運びください。)

初心者の方には、ほんの少し手ほどきを。

すでに習っている方には、演奏で感じるお悩みにワンポイントアドバイスができればと思っています。

また、参加してくださる方々同志が交流していただけるよう体験も工夫したいと思っています。

日本橋LOOPさんは、新しいコミュニティーを作るきっかけを提供していきたいということで、私も箏が人を繋いでいけたら素敵だなあ。と思っております。

気持ちよく過ごせる場を丁寧に作っていきたいですし、参加してくださる方と直接お話しできるのも楽しみです。

 

今年はついに念願の書道を始めました。

思いがけず、ブラジルで演奏することもできました。

教室のメンバーも増え、賑やかになりました。

 

昨年後半、中東公演&CD発売記念公演を終え、燃え尽き症候群で始まった2025年でしたが、嵐の後の静けさのような時間の中で、自分の心をまっすぐに見つめることができたように思います。

自分の心なのに、長い月日の間に訳のわからないフィルターが分厚く重なっていて(おお!私の今の瞼のようではないか!笑)、深層にある澄んだ原泉までの道のりは遠く、目を背けたいことも、言い訳したいことも山ほどあって、なかなかしんどい・・・。

 

ずっと、頑張ればなんだってできるはず。と信じて突進してきました(笑)。

でも、限界はあり、どうしようもないこともある・・・。

今頃気づくなんて、鈍すぎるなあ(笑)。

 

音楽家として、人間として、自分自身を責め、絶望する時もある。

歩んできた時間を後悔し、否定することもある。

それでも、今、この場で何か光を見つけたいし、笑いたい。

 

光の正体は、希望?喜び?

 

自分という人間は先にも後にも、人類史上たったひとり。

たったひとりだからわかってもらえないけれど、たったひとりだからできることもある。

と、思う。

 

今日はクリスマスイブ。レッスンは今日もあり、大晦日まで続きます。

1年間、こちらを訪ねてくださり、気まぐれな私のたわいもないおしゃべりDiaryにお付き合いくださり、ありがとうございました。

 

来年からは、『Small Smart Slow』に。

人生のフェーズもステージも、そして、私自身の心も体も、変わっていく。

手放すものも、深まるものも。

 

最後に、今年一番のお気に入りの写真を見てやってください。

ゴッホの絵にたくさん登場する糸杉ってこんなに大きいんですよー!という写真。

素敵なクリスマス&よいお年をお迎えください。

2026年もみなさんにとって健やかで幸多き年になりますように。

来年もよろしくお願いいたします。

 

See you soon!

212025/12/21

ブラジル公演記2025

2025年もあと10日となりました。

12月2日、ブラジルでの公演を終えて無事帰国しました。

 

帰国直後は、朝なのに気分は夜で、逆に夕方になると気分は夜明け。ブラジルと日本は、季節も昼夜も全て逆なので、そのまま引きずっていたのでしょう。完全な時差ボケ!

それにしても、朝なのに夜の気分というのはすごく不思議で、時間の感覚がずれたことによって、1日の中で、気分がハイになったりローになったり、肉体だけでなく精神のサイクルもあることを実感したのでした。

 

ブラジルには1週間の滞在で、その間に違ったタイプのコンサートを3回行いました。

到着した次の日には、サンパウロ大学でレクチャー&ミニコンサート。古典から現代に至るまでの変遷をお話と演奏で体験してもらいました。オープンな講座だったので、日系の邦楽会の方々も学生さんたちと一緒に参加してくださいました。

最後はスタンディングオベイションで、アンコールにソロで「Brasilarinho」を演奏。

盛り上がりました!

 

そして、いよいよ今回のメインイベントであるブラジルと日本の外交関係樹立130周年の記念コンサート。

会場は、客席が4階まである1500席のオペラハウス。

その入場券がオープンして4時間で打ち止めになり、身近でも入手できない人が続出。

私は耳を疑いました!(もしかすると、手違いがあって、出したチケットが150枚だったのでは?当日開演したらお客さんが前10列だけとか?と、本番直前までめちゃくちゃ疑っていました。笑。)

プログラムは、私と尺八のシェンさんがソリストのダブルコンチェルト。ブラジルで最も尊敬される作曲家ヴィラ=ロボスの作品に始まり、日本のわらべうたをアレンジした作品が続き、沢井忠夫先生の「風の歌」、ラストは「Mourao」。

私のソロパートの楽譜は結局出発まで全て揃うことはなく、最後の1曲は現地に到着してから受け取りました。指揮者ティアゴさん自らが編曲。事前に、箏について音域と伝統的な調絃法は伝えましたが、メールのやりとりだけでは当然奏法の詳細まで伝えることはできません。

リハーサルを行ってみると、箏の楽器としての魅力をもっと効果的に伝えたいという思いが募り、ティアゴさんに、もう少し私の方でアレンジを加えていいか相談しました。彼は快く承諾してくれ、私はリハーサルの合間を縫って楽譜をもとにさらにアレンジを加えるべくホテルで作業に没頭しました。

どんなジャンルであれ、どんな作品であれ、それがどこまで魅力的なものになるかは演奏家の腕にかかっていますし、それこそが演奏家の本領を発揮するところ!

箏の場合、特に海外の作曲家は楽器について詳しい情報を得ることができず、結局は、箏はそこにいるだけでいいというジャポニズムの象徴だけの寂しい結果に終わることが多い。

そうなることは何がなんでも避けたい!という箏奏者としてのプライド(意地?笑)で、録音を聴いては自分で何度も即興を繰り返し、新たなアレンジを加えました。

 

当日、市立劇場は満員のお客様で溢れかえりました。不安は見事に払拭!(笑)

さくらは途中で拍手が湧き起こりましたし、日系の方々は日本のメロディーを演奏とともに口ずさみ、アンコールでCarinhosoを演奏し始めると、ホール全体が歌声に包まれました。

日本では、演奏会というと、舞台と客席、演奏者と聴衆がはっきり分かれていますが、ブラジルでは、その垣根がない、というか、とても薄い。

垣根を越えて演奏者と聴衆が一緒に音楽を作っていく感覚。

もちろん日本でもロックやポップスはそういう感じだと思うのですが、作曲家、演奏家、指揮者、聴衆、そのすべての境界が曖昧というか、音楽を愛することにそんな区別が必要?と言われているが如し。

 

今回のオーケストラのメンバーは、ブラジルのクラシックの将来を担う若い演奏家たち。

日本のように、みんながいい楽器を持っているわけではありません。才能はあっても生活が苦しい家庭の若者もいます。指導者や組織も含め、たくさんの大人たちが応援して成立しているオーケストラなのです。

次の日に行ったクリチバの大きな劇場では、バレリーナが舞台設営を手伝っていました。まさに、制作スタッフも、裏も表も区別がない。

全員で舞台を作る!できることはなんでもする!助け合う!

何においても、縄張りや縦割り意識が薄いのは、やはり平和な多民族国家ならではの価値観なのかもしれません。私にとっては、それがとても自由で楽で温かく感じました。

 

ブラジルの音楽は、ポピュラー音楽・民族音楽・伝統音楽・クラシック音楽が自然にクロスしていて、今も新しい音楽がどんどん生まれているところが本当にすごいと思います。

音楽も同様に、ボーダーレスで、その上、全てが現在形。過去の作品もどんどん新しいアレンジがなされて生まれ変わっていくのです。

市立劇場でのコンサートを終え、KOTO  BRASILのメンバーが奇跡的に集合し、打ち上げごはん。

久しぶりの再会が嬉しかった!まさにファミリー!

ことばはほとんど通じあっていないけれど、寂しさを全く感じない。

KOTO  BRASILのメンバーも、ブラジルの伝統音楽からバッハ、そして、いろんな国の民族音楽までなんでも知っていて、どんな曲も軽やかに演奏してしまいます。

アレンジもその場ですぐにできちゃうし、指揮もする。歌も歌うし、軽くダンスもしてしまう。

(尊敬&憧れ!)

 

翌日、サンパウロから空路で1時間・クリチバに移動し、すぐコンサート。こちらはシェンさんとのデュオコンサート。

クリチバはヨーロッパ系の移民の方が多い地域で、サンパウロの街の景色とまるで違っていて、自然豊かでのどか。

ブラジルは広大な国で、地方や都市によって風景も個性も全く異なります。

クリチバはサンパウロの次に日系人が多い都市。コンサートには片道5時間かけて車を運転し、かけつけてくれた方もいて、大歓迎していただきました。

コンサートの次の日に少し街を見学し、そのまま、サンパウロを経て、ドバイ経由で帰国の途に着く予定が、クリチバの空港に着いてみたら、なんと!突然の欠航!

このままサンパウロに帰れないと、日本までの国際便に乗れず、チケットも日本での予定も吹っ飛ぶことに・・・。

どうしよう・・・。

私はみんなに助けてもらうしかなく、なんとかなりますように。と、ひたすら祈るのみ。

 

でも、まるで計画されていたかのようにいろんなタイミングがピタリとはまり、多くの方々のご厚意によるサポートで、奇跡的に乗り継ぎも上手くいって、『なんとかなってしまうブラジル』の面目躍如!

みなさん、本当にありがとうございました!

 

↑ここはクリチバの岩場に造られたアルミでできたホール。すごくカッコいい!

次回はここでコンサートをしよう!と意気込む私たち。(エルトンジョンなど超有名アーティストしか演奏できないホールだそうです。でも、夢を見るのは自由ですから!笑)

 

サウダージ・・・

ブラジル人の魂とも言える大切な心情を表すことばで、郷愁とも訳されますが、それだけでは到底言い尽くせない多くの意味を含んでいます。

そのニュアンスをずっと知りたいと思っていたけれど、ある日、それは、私が、ブラジル、ブラジル音楽を好きにならずにはいられない魅力の根源だと気づきました。

 

ああ、私、ちゃんとわかってる!

 

See you soon!

(2025ラストの更新はまもなく!)

312025/10/31

思いがけないできごとで目覚める

急に寒くなって、黒のタートルウエアが並ぶ部屋干しの列を見て、冬が近づいてきたことを感じています。

みなさん、お元気ですか?

10月も滑り込み更新となってしまいました💦

 

これまでに、フランスの芸術系テレビ局Arteの取材があり、書道教室に通い始め、そして、来月はブラジルに公演に行くことになりました。

 

Arteはフランスのテレビ局であり、主にヨーロッパ圏で、文化・芸術の番組を制作しフランス語とドイツ語で放送されています。夏に、スタッフの方からHPを通して直接、取材・出演のオファーがありました。

和歌山出身の作家、有吉佐和子氏についての番組、その中でも小説「紀ノ川」を大きく取り上げて制作されるとのこと。

「紀ノ川」の中では、母と娘の中に秘めていた親子間の価値観の違い、女性としての生き方の違いが箏を通して顕になり、感情が爆発します。

他にも、有吉先生は、伝統芸能を主題にした作品を数多く執筆されています。

インタビューの内容は深く、9月~10月にかけては、伝統芸能をテーマにした作品を中心にできる限りたくさんの有吉作品を読み、貴重な思索の機会を与えていただきました。(取材はこの後も続き、制作に約1年を費やし、来年の夏頃放送予定だそうです。)

 

ただ箏の音が大好きで夢中になり、沢井忠夫先生に憧れて芸大に進学してみたら、いきなり伝統を背負わされ、その重圧が窮屈で逃げ出したくなりました。でも、多くの偉大な古典の先生方に出会い、生の音を近くで聴き、教えていただいたことは目から鱗で、私は伝統とは関係なく、それこそ、一人の聴衆としてその芸に尊敬の念と感動でいっぱいになりました。

そうして、手探りながらも、少しは古典を理解できるようになりました。ただ、それは「理解」であって、自分の血となり肉となる、もはや身体の一部になるほどに自分にとってリアリティーがあるかというと、それは、やはり、どこまで行っても、愛し合えない恋人のような遠い存在でした。

 

人には得意なものも不得意なものもあって、好きなものも苦手なものもあって、能力も環境もさまざま。

もちろん箏を深く知る上で、古典を知ることは外せないけれど、

箏だから、伝統楽器だから、箏の演奏家だから、こうあらねばならぬ。というのは苦しい。

 

箏の音が好き。

どんな音楽を聴いても、これ箏で弾いたらおもしろいかも?と、いつも考えてしまう。

だから、音楽を聴くと疲れてしまう・・。

私は本当に箏が好きなのかな。と疑ったこともあったけれど、

いつも考えて疲れてしまうなんて、どれだけ箏が好きなんだ!熱愛恋人レベルではないか!(笑)

 

私は私の道をゆく。

箏の音が大好きだから、どうしてこんなに好きなのかその魅力の源泉を探す旅を続ける。

そして、今を生きる今の私の心が求めるものを追いかけたい。

 

さて、小学生の頃、書道教室で硬筆は習っていたものの、毛筆は初めて。

初心者である。

体験に行ったら、まず墨の香りがすごく良くて、すっかり気に入ってしまった。

もちろんずっと習いたかったのだけど。

周りには上手な人がいっぱいいて、筆はまるで生き物のように滑らかに和紙の上を滑っている。

それを見ているだけでも幸せな気持ちになる。

作品を提出される方が何枚か壁に吊るして、先生は、その中から最高の1枚を選んでいくのだけれど、正直、違いがわからない(笑)。

いつかわかるようになるのかしら。と思いながら、ぼーっと眺めるのもいい気持ちである。

 

さあ、そして、いよいよ来月はブラジルへ。

尺八のシェンさんとオーケストラによるダブルコンチェルト。

宮殿のようなオペラハウスさながらの立派なホールは、1500席の大劇場。

こんな舞台に立てるなんて!と、緊張と幸福が今は渦巻のようにぐるぐるしている。

ブラジルでは、もちろん実際にはいろんな問題があるのだろうけれど、今世界で対立している民族が仲良く平和に生活している。

それを可能にしているのは、音楽でありスポーツであるように思う。

だから、ブラジルが大好き。

音楽と生きることが繋がっていて、愛に溢れているから。

 

NO MUSIC, NO LIFE !

NO KOTO, NO LIFE !

 

See you soon!

312025/08/31

ささやかだけど壮大な夢

8月、高校総合文化祭(いわゆるコンクール)が終わり、私の教室のおさらい会が終わり、私の夏は終わりました。

と言っても、相変わらずの猛暑は続いており、気温的にはまだ「夏」ですね。

 

みなさま、体調を崩されることなく、お元気でお過ごしでしょうか。

今年こそは毎月2回の更新を目標にしておりましたが、7月に1度きり、8月ももはや最終日。

ここを訪ねてくださったみなさま、留守が続いて、ごめんなさい。

 

私が指導している桐蔭高校箏曲部は、今年も私の新作を初演してくれました。

タイトルは、「地上のすべてにあざむかれる悲しみの夜が来ても」。

インドの詩人であり音楽家でもあるラビンドラナート・タゴールの詩集「ギーターンジャリ(歌の捧げ物)」からインスピレーションを受けて作曲しました。

リアルタイムの音楽を作りたい。それが、高校生にとってもリアルタイムのものであるように。

部員は少ないけれど、少ないからこそできること、少なくなければできないことをしたい。

音楽って何?という疑問も投げかけたい。

そんなことを詰め込んで作品にしました。

 

楽譜が揃ったのは、本番の約1ヶ月前。

それから、高校生たちは試験期間があり、試験明けに弾いてもらっては修正を重ね、制限時間に収めるために曲のカットを決め、最終的に完成したのは、なんと!1週間前。

びっしりの五線譜。細かいパッセージ。複雑なリズム。頻繁に行われる途中の調子替え(転調のために箏柱を移動する)。1人1パートの四重奏。

本番の1週間前、まだ普通に弾くことすら覚束なく、もちろん、通して弾くこともできず、さすがに、私は「もう初演だし、楽譜見て弾いていいよ。」と言いました。そう言いながら、仕上がるのが遅かったことを申し訳なく思うばかりでした。

 

ところが、その9分の複雑な曲をたった2日で暗譜してしまったのです!

もう驚くばかり。こんなことができるの?と、腰が引けました(笑)。

高校生たちの力って本当にすごい。

ああ、なんでもできちゃうんだなあ。と、心底脱帽しました。

 

結果は3位。

残念ながら、全国大会には行けないものの、みんなで新しいものを作り上げ、生み出した喜びと達成感は何ものにも代え難く、爽やかな笑顔がはじけていました。

コンクールのために一部カットしましたが、部員のみんなと顧問の先生で相談して、なんと!文化祭のオープニングでノーカットで演奏してくれる予定です(私もスケジュールが合ったので、覗きに行こうと思っています。)

 

そして、8月24日、今年も尺八の大萩康喜先生をお迎えし、私の教室の恒例のおさらい会が無事終了しました。

出演者は、小学生から80代まで。

今年は小学生が5名、中学生が1名、そして、今回デビューした人は6名。

総勢31名。曲数も31曲。お客様は263名。

すべて最多。記録を塗り替えました!

7時間半に及ぶ長時間の演奏会を最初から最後まで聴いてくださったお客様もたくさんいて、嬉しさと感謝の気持ちでいっぱいです。

ありがとうございました。

 

教室生のみなさん、本当に頑張りました!

本番で一緒に演奏しながら(あるいは聴きながら)、1年の間に、山あり谷あり、笑いあり涙あり、いろんな局面があって到達したこの舞台が、まさに1年というマラソン(ドラマ?)のラストシーンのように思えました。

私は伴奏者ではなく、伴走者。

ああ、1年を一緒に生きたんだなあ。と、今回初めて実感しました。

 

本番中、みんながすごく輝いていて、

生きるってこういうことなんだ。

命ってこんなにあふれてくるもんなんだ。

と、もう1人の私が、空中から舞台を見ているような不思議な感覚になりました。

別世界からのぞいているような感じ?

感動というのとはちょっと違って、命の輝きと美しさにただただ目を見張っているような気持ちでした。

こんな経験は生まれて初めてです。

 

私の新たな冒険は、「作品づくり」と「コミュニティーづくり」。

 

ひとつは、今までのすべての経験を生かして曲を作ること。

曲というよりは音楽を作る。

自分にとって必要な勉強を探すことから始めて、学び、手探りで究極のハンドメイド作品を制作する。

 

そして、もう一つは、教室生のみんなと一緒に、箏で、音楽で、つながる新しいかたちのコミュニティーを作ること。

というか、今の教室を大切に育てていくこと。

これから特別な何かを始めるわけでも、何かが急に変わるわけでもないけれど、メンバーもお客様も増えたこの幸せに酔っていないで、自分が何をしたかったのかを整理し、確認し、足元を固めてあらたに出発しようと思いました。

 

33年かけて作り上げた教室独自のシステムは今も更新中。

時代の変化に呑み込まれず、過去のものにならず、

伝統をつなぐことが目的ではなく、結果になるように。

幸せが幸せを呼ぶように。

 

これは野望ではありません(笑)。

ただ幸せを追求するだけの、ゴールも完成もない夢。

 

とある小さな町にひっそりと佇む

こだわりのある本屋さんのような

特別おいしいパン屋さんのような

居心地のいいカフェのような

そんな教室を人生という森の中にオープンするような気持ち

 

私の手帳は、いつも9月始まり。

明日、まっさらな手帳を開いたら、未来の夢をまっさきに書き入れよう。

ささやかだけど壮大な夢!

See you soon!

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