Photo and Diary2021-01-04T11:49:53+09:00
306, 2022

水無月となりにけり

ついに5月は更新することができませんでした。

ここを訪ねて下さった皆さま、ごめんなさい!

 

まずは、ご報告!

私の教室にSNSチームが発足!TwitterとInstagramのアカウントを開設いたしました!

*Twitter:西陽子箏曲教室(@YNKotoclass)

*Instagram:西陽子箏曲教室(@yokonishi_kotoclass)

皆さん、どうかフォローをよろしくお願いいたします。

 

8月の第30回記念演奏会のチラシも、まもなく公開できると思いますので、お待ちください。

私たち教室生の全てのメンバーが輝き、応援してくださるお客様と共に、楽しく幸せな時間を過ごせるよう企画から運営に至るまで実行委員を核に全員で協力し、準備を進めております。

 

そして、『poetic』は、おかげさまでsold out!

今は練習と、新作の制作に頭を捻っております(焦りつつ…)。

いつも暖かく応援いただき、本当にありがとうございます。

 

和歌山の我が家の庭の紫陽花も満開寸前。

今日は1年1度の人間ドックの日。待ち時間があるのでいつも本を持っていくのですが、ちょっと痛かったり不安だったりするこんな時は、杉浦日向子さんのエッセイにしよう!ってなわけで(俄か江戸弁。影響受け易すぎ!笑)、検査の合間に読書。江戸時代の人々の生活、上方(関西)との違いなどを、クスッと笑いながら読んでおりました。

今は、同時に長谷川時雨作『旧聞日本橋』も読んでおります。

 

東京と関西(和歌山)を往復する私は、どちらの人間だろう?

 

和歌山にいるときは、まとめて食料を買い出し、あとは、ひたすら家にこもってレッスン。

ときどき桐蔭高校へ。

携帯の万歩計がほぼ毎日500歩前後。まさに運動不足!

でも、教室の皆さんといろんなお話をして、心はいっぱい動いております。

 

東京では、よく歩きます。

いわゆる街歩きすることも多く、カフェ好きなので、本とお気に入りのノートとペンを持って、美味しいコーヒーとスイーツをいただきながら読書するのは最高の楽しみです(そういえば、今日は甘いものの食べ過ぎに気をつけるように。と言われてしまいました^^;)

今や住んでいる町との関係は東京・日本橋の方が深いですね。よく行くお店のオーナーさんやシェフ、店員さん、マンションの管理人さん、ご近所さんと、たまにはおしゃべりも楽しみます。

東京でもここ日本橋はお祭りもあるし、とても人懐こい下町なのです。

 

歩きながら、どうでもいいような考え事をします。

 

世の中には『なんでもできる人』っている。『なんでも揃っている人』もいる。

さらに『なんでもできてなんでも揃っている人』もいる。

もちろん音楽の世界にもいます。

どんな曲でも簡単に弾けて、すぐに記憶できて、おまけに頭脳明晰、見目麗しく、気が利いて、スポーツだってできちゃう万能な人。

不公平だ!と思うけれど、まあ、それは仕方がない。

それが世の中ってもんだから(再び江戸弁ぽい。笑)。

羨んだところで無理なものは無理。努力すればなんでもできるってものではないですよね。

それに、できるできないは、切り口を変えてみればそんなにこだわることでもないかもしれないし、あくまでも私の想像ですが、きっとなんでもできてなんでも揃っている人にも苦労はあるのだと思います。

努力しないでわりと簡単にできることがあったなら、それが『才能』です!たぶん。

すぐに匂いがわかる、とか、動物になぜか好かれる、とか、美味しいものが見ただけでわかる、とか、真っ直ぐの線が引ける、すぐにお友達ができる、とか、才能や才能のかけらはいっぱい存在しています。

神様が与えてくれた『贈り物』。

 

人はみんないつかは死ぬ。これは平等。

憧れる生き方はあるけれど、やっぱり自分の生き方のお手本はないと思うんです。

人類の歴史の上に自分という人間はたった1回しか登場しないのですから。

すごいことですよね。(頭に長い年表の巻物登場!笑)

今までこの地球に何人の人が生まれたのか?

人類が誕生してから、同じ人間も同じ人生もないなんてすごいと思いませんか?

 

そんなことに妙に感動しながら、時には江戸時代の日本橋を想像して、街歩きをしているわけです。

 

音楽家として生きていく上で、才能、音楽的能力、演奏家としての資質や環境にコンプレックスを持ったり、落ち込んだりすることはあります。どうしようもないこともあります。

でも、私にとって、生きていることが実感できて、表現できて、人や世界へ繋いでくれる扉が音楽。何かを期待したり望んだりする『受け身』ではなく、音楽というミステリアスな世界を探検する果敢な冒険家であり、旅人でありたい。

そして、いつかその深い森に潜む不思議な力の泉を発見したい!

なりふりかまわず!

 

私の中学時代の卒業文集に書いた私の好きなことば→『明日は明日の風が吹く』

中学生としてどうなん?発想は結構江戸っぽい?かな?

 

ああ!そんなこと言ってる場合じゃない今の私。(早く新作を完成させなくちゃ!)

See you soon!

2904, 2022

poetic vol.2 開催します!

今日からゴールデンウィーク。季節は初夏に。

今年は少し遠出をされる方も多いのではないでしょうか?

私は、前半は溜まっている用事をこなしつつ、練習・作曲・読書・映画鑑賞に耽る予定です。読みたい本はすでに積み上がっており、観たい映画のリストはノートを埋め尽くしています。練習プランはすでに頭の中にありますが、作曲だけは音やフレーズのかけらが散乱した状態で先が見えません(泣)。

後半はずっと延期になっていた桐蔭高校箏曲部のおさらい会や教室の合同レッスンなど予定ぎっしりです!

 

近況をご報告!

今月からいよいよ8月7日・和歌山城ホールと11月12日・日本橋公会堂にて行われる西陽子箏曲教室第30回記念演奏会に向け、合同レッスンが始まりました。

今年は記念演奏会なので特別企画。その一つとして、いつもの個人曲に加えて初の教室生全員合奏や大合奏があります。年齢もキャリアも全く違う人たちの集まり。まずは、途中で落ちても、ごまかしても、最後まで弾ききることが目標。曲に慣れることが大事!

今月の和歌山での初合同レッスンは、朝10:00に始まり終わったのは19:00頃。途中ランチやおやつ休憩は挟んだものの6時間は弾いたと思います。私は帰宅してお夕食をいただきながら、気がついたらテーブルの上で寝落ちしていました(笑)。きっとみんなもぐったり疲れたことでしょう。東京は来月からスタートします(今月は作戦会議のみ行いました)

まさにマラソンのスタートラインに立ったような気持ち。

さあ!11月まで一緒に頑張って完走しましょう!

 

さて、コンサートのご案内です。『poetic vol.2 』を開催します!

6月19日(日)16:00開演。場所は、昨年と同じ馬喰町のカフェ・BUTTERFLY effectです。

ゲストに地歌箏曲演奏家の轟木美穂さんをお迎えします。

 

前半は、沢井忠夫作曲「讃歌」、西村朗作曲「彩歌」、石川勾当作曲(古典)「新娘道成寺」。

いずれも、最近生徒さんたちのレッスンをしながら、曲に対する自分のアプローチの変化を感じて、今の私の表現をしてみようと思いました。

 

「讃歌」は沢井忠夫先生の名曲。

先生の、艶のあるグリッサンドと、「かけ押し」という奏法による音の緩やかな変化=ポルタメントはそれはそれは美しく魅力的でした。

私は何度弾いても自分の演奏に満足できない…物足りない…。

先生はしなやかに反る親指の持ち主。だから棒のようにまっすぐな私の親指では無理だよね。と言い訳しつつも、もやもや…。

でも、最近新しい私なりのイメージが湧いてきました!

それを表現したいと思います。

 

「彩歌」は西村朗氏の作品。

20代の頃、現代作品の楽譜を必死で集めました。当時、出版されているものは少なく、作曲家に直接お手紙を書いて楽譜を送っていただくこともありました。

この作品も西村朗さんに直接楽譜をいただきました。リサイタルで弾きたくて送っていただいたのですが、その頃の私にはどう弾いていいかわからず結局断念してしまった作品です。

今になってようやく見えてきたものがあって、弾いてみたいなあ。と素直に思いました。

現在この作品の演奏を聴くことはほとんどありませんが、もっといろんな演奏家が弾いていくべき作品だと思います。

 

「新娘道成寺」古典の名曲。

今回はゲストの轟木美穂さんと共演します。

道成寺は故郷・和歌山にあり、安珍清姫の物語は親しみのあるお話。私は美声ではないので歌は苦手で敬遠しがちなのですが、ことばを語って聴かせる作品は好きです。

歌舞伎の華やかな舞台を想像しながら、義太夫の語りのようにお話を進めていければなあと思っています。

 

後半は、オリジナル曲によるプログラム。前半の完成された作品からすると拙さは隠しきれませんが、いつか自分の作品でも聴きごたえのあるものにできたら。と夢みています。

作曲は、今の私にとっての「夢」です!

 

1曲めは、プリペアド箏による「African air」。

2002年に作曲した作品です。絃にクリップをつけると、アフリカの親指ピアノ・カリンバのような音がします。冒頭はスーパーボウルのマレットで演奏されます。クリップもマレットも私自身で実験を重ねた結果選んだもの。日本人が昔から親しみ好んだ三味線のサワリや箏のケシヅメと言われるノイズを含んだ音色は、実はアフリカ音楽とも共通していた!

遊び心たっぷりの作品です。CD「ファンタスマ」所収。

 

続いて、『プラテーロとわたし』(J.R.ヒメーネス作)より「プラテーロ」(新作初演)。

和歌山でむかしばなしの語りをされている上甲ひとみさんがプレゼントして下さった1冊の本『プラテーロとわたし』。

始めの1ページめを読んだ瞬間に私の心を捉えて離しませんでした。一瞬でその世界に連れて行かれたのです。全ての文章の意味が明確にわかっているわけでもないし、想像しているものが正解かどうかはわかりません。

だけど、美しさとかなしみと愛おしさと強さと・・・薄い絹のベールの向こうに透けて見える風景は振り返ると消えそうで柔らかく儚く懐かしい。

この世界を箏の音で表現してみたいと思いました。

 

新作が続きます。組曲『海』より「題未定」(新作初演)。

私にとって海はいつも心にあるもの。

原点であり、永遠であり、恐ろしく、あまりに美しい…。

過去であり、未来であり、謎であり、予感でもある。

ある時『海』をテーマに作品を作り続けたいと思いました。画家が同じモチーフで何枚もの作品を制作するように私も同じテーマに添った作品を作っていきたいと思いました。

「海界をうたう」で初演した作品とも連作になります。

 

最後は「ことのなごり」。

2017年に作曲した箏の二重奏です。轟木さんに本手を弾いていただき、私は替手を演奏します。

箏の本手と替手の合奏は、いわゆる洋楽のデュオとは違う関係性があります。お互いに全くちがうフレーズを付かず離れず弾き続け、時にはピッタリ合わさったり、ずれたり、会話になったりしながら音楽は進んでいきます。

本手はどっしりと骨組みを作り、替手はそれを華やかに飾っていく役割を担います。

そんな箏曲独特の二重奏の関係性、間の変化によって緩やかに速度を上げていく伝統音楽の型に沿って、古典「六段」に習い六つの段落で構成されています。

驟雨が去った後の微かな匂いのように、消えゆくものが残す気配。

すでに跡形はないけれど、心は残り、追いかけ、見送る。

箏の音はなごりの音。だと思うのです。

 

皆様のご来場を心よりお待ち申し上げております!

コンサートのお申し込みはコチラです→higotoyogoto_project@yahoo.co.jp

なお、今回も安心してゆっくりお楽しみいただけるよう25名の定員とさせていただきます。

 

素敵なゴールデンウィークをお過ごしください。

See you soon!

3003, 2022

丸くなった?笑

ぼーっとしていたら3月は瞬く間に過ぎ去り、桜は、開花宣言から3分咲き5分咲きを味わうひまもなく満開になり、そして、私は58歳になりました(笑)。

 

少し前、ある生徒さんに「先生も最近は丸くなられました・・・」と言われ、否定されることを前提に「最近丸くなったとか言われちゃって。」と他の生徒さんに話してみると、なんと!当然のごとく「そうですよ。先生丸くなりました。」と返され、「えーーーーーーっ!!!」と驚いた私。

 

昔はそんなに尖っていて怖かったのか??

 

自分では全く意識がない。

よくよく聞いてみると、「音楽以外の話題など話しかけられなかった」とか「できるようになるまで手がちぎれるくらい何度も弾かされた」とか…

うーむ、確かに覚えあり(笑)。

 

今は「楽しく弾くことが一番!」と繰り返す私。

 

身体も心もどんどん丸くなっている(笑)。

丸くなるつもりはなかったけれど、気がついたら丸くなっていた。

でもね、私が丸くなっただけではなくて、生徒さんたちの技術は確実に上がったし、高校生たちは何も言わなくてもすごく練習するようになったから、私は尖る必要がなくなったとも言えます。

 

演奏も多分マイルドになりました。

昔は、キレッキレのシャープな演奏が好みでした。隙のない超人になりたかった。

それが最高にクールだと思っていました。

今は、リッチでふくよかな演奏が好み。ユーモアがあってエレガントでありたい。

大事なことはバランスとタイミング!

音楽ってやっぱりその人の全てが映し出されるんですよね。

生き方、生活、性質、嗜好、思考・・・。

 

私は、自分自身に、自分の人生に退屈したくない。だから、変化し続けたい!

 

昨日、箏を弾いて、なんだか、ふと、「ああ、お箏ってなんていい音がするんだろう。」って思いました。(今さらですが…)

音からいい匂いがしたような気がしたんです。

香しい音…

 

匂いたつ 花ほころびて 音も咲く

See you soon!

903, 2022

横山佳世子の邦楽サロンVol.25

3月4日に大阪・茨木にて横山佳世子さんのサロンコンサートがあり、出演させていただきました。こちらでお知らせする前にすでにsold out。終わってから皆さんにご報告しようと思っておりました。

が、東京に戻ってすぐ3回目のワクチン接種をしたところ、副反応で高熱が出てしまいダウン。

すっかり遅くなってしまいました。

 

コンサートのタイトルは、横山佳世子の邦楽サロン Vol.25『没後25年 沢井忠夫のDNA~夢の姉妹共演~』。

ご来場いただきました皆様、ありがとうございました!

横山佳世子さんは私より10歳以上若く、同じ沢井忠夫先生に師事した姉妹弟子になります。小学生の頃から先生に師事できた幸運な弟子同士ですが、芸大在学の時期も離れていましたし、私自身邦楽以外のジャンルの方々との交流が多かったこともあって、すれ違いばかりで、今回が初共演でした。

彼女は2度交通事故に遭ってリハビリ中。足は赤紫色に腫れていて歩くのもままならない状態なのに、明るく音楽への情熱がほとばしっていました。

 

「水の変態」(宮城道雄作曲)と「三つのパラフレーズ」(沢井忠夫作曲)を共演。

踏ん張れない状態でこんなにパワーのある音が出せるなんて!と驚きました。艶のあるグリッサンドや押し手のニュアンス、そして歌…忠夫先生の片鱗が至るところに伺えて、ああ、先生はこうして今も生きてらっしゃるのだなあと演奏しながら懐かしく、身近に感じることができました。

 

合間のトークではレッスンの思い出や入門までの経緯についてのお話などをお互いにしました。

私が沢井忠夫先生に入門する道を拓いてくれたのは母でした。全く邦楽に何の縁もなく、しきたりも常識も知らない母だったからこそ、その恐れを知らない情熱がいろんな障害を突破し、子供を教えていなかった忠夫先生を動かし、直門への道を拓いてくれたのだと今になって母の愛情の深さを心底実感し感謝するばかりです。普段は用心深く控えめだけれど、ひとたび決心すると大胆になる母でした(笑)。

その後、芸大に入学して知った現実と母の見ていた夢の乖離に、私は時に苛立ち、抱え込み、それが母との距離を遠ざけることとなり、寂しい思いをさせてしまったこともあったと思います。

どんなことがあったとしても、母がいてくれたからこそ開けた道であることに違いないのに、素直に感謝する余裕もなく、自分に言い訳ばかりして卑下してしまった頃もありました。

若く未熟でした・・・。

結局、いろんな方々と出会いによって多くを学び、経験の蓄積が私をなんとか箏曲家として生きていけるように導いてくれました。

好奇心が私に幸運を運んでくれたように思います。

 

横山佳世子さんの音へのこだわり。

それは紛れもなく沢井忠夫先生のDNAだと思いました。

足が完璧に治って思いきり弾けるようになったら、どこまでパワーが爆発するのでしょうか!

姉弟子として鍛えておかねば吹き飛ばされそうだなあ。と思いつつ(笑)、彼女の1日も早い全快を祈り再共演を楽しみにしています。

See you soon!

2702, 2022

平和への祈り

ものすごく忙しかったわけでもないのに、随分ご無沙汰してしまいました。

ここを訪ねてくださった皆さま、留守にしていてごめんなさい。

イベントの変更が相次ぎ、スケジュールが定まらず、時間ができたにも関わらず気落ちしておりました。子供の頃、楽しみにしていたイベントが延期になったときの気持ちが甦りました。

勢いを削がれて、高揚した気持ちを抑えて、諦めて、次へと自分を鼓舞することを繰り返していると大人といえども凹みますね。意気消沈とはこのことだなあ。と実感します。

子供たちはエネルギーがある分、その落差で精神的に不安定になっているのでは。と心配です。

 

そんな中、ウクライナとロシアのニュースが飛び込んできて、その動向が気になってはいたものの戦争は回避されるだろうと楽観していただけにショックでした。暴力ましてや殺人が人間としてしてはならないことだと誰もがわかっていることなのに、どうしてこんな酷いことが今も世界からなくならないのだろうと悲しみでいっぱいになります。胸が引き裂かれて心がちぎれそうです。

科学技術が想像もしないほど進み、生活は快適で便利になり、長寿になってきたけれど、人間としてはどうなのだろう?人間としての高みへと上っているだろうか?

インターネットの世界では個人から直接世界にアプローチできるほど開かれているのに、リアルな人間関係は閉じていく一方。全ての事柄が両極へと吸い寄せられていく・・・。

そして、美しい青い森が一瞬にして破壊されるように良きもの美しきものは脆くて壊れやすい。

危うい均衡の中で世界はなんとか成り立っているのかもしれません。

 

私は今恵まれた環境にいるからこんな悠長なことを考えていられるのでしょう・・。

 

ウクライナが旧ソ連から独立する直前に、私はKAZUE SAWAI KOTO ENSEMBLEのメンバーとしてウィーンからモスクワへの演奏旅行に参加しました。列車での国境越え。ウィーンで夢のように豊かな時間を過ごしたのに対し、ソ連に入ってからはデパートでさえほとんど物がなく、ホテルでは毎日同じボルシチを温め直したものをいただく日々でした。朝、厨房を覗くと鍋の表面に脂が固まって層になっており、あれをまた今日も溶かして食べるんだなあ。と思いました。お部屋は掃除されておらずシーツはおろかタオル交換もありませんでした。日本なら雑巾と言ってもいいくらいの汚れたタオル・・・。お湯が出ない部屋もありました。みんなで日本から持って行ったカップラーメンを分け合って啜った時にはほっとしました。

 

ウクライナではリボフ(現在のリヴィウ)と首都キエフで演奏会がありました。リボフはヨーロッパの古い街並み、キエフは教会の屋根の金色が印象的で、雪の白と塔の金色の輝きのコントラストはとても美しく上品でした。アテンドをして下さった方もウクライナの独立に情熱を傾けていました。

 

物もなく、情勢が不安定で静まり返ったこの街での演奏会に果たしてお客様は来てくれるのだろうか・・・。

予想を覆して、開演前に人々が続々と集まってきました。小さな子供を連れたおばあちゃんもいました。涙があふれました。

結局客席はいっぱいになりました。

あの時の静かで温かく安らぎに満ちた人々の穏やかな笑顔を生涯忘れることはありません。

『音楽は生きるために絶対に必要なものではないけれど、生きていくための力になることはできる。』帰国して書いた私の旅行記にそう記しています。大学卒業後将来が見えなかった当時26歳の私にとって、音楽の本質を体感し身震いした瞬間でした。

 

今、この状況にあって、私は、私のように力のない音楽家は、なす術がありません。

それでも、Butterfly effectを信じて、ひたすら平和と幸福の種を身近なところに蒔き続けます。

 

私たちが生きている今の時代を幸せなものにできるのは自分たちでしかありません。

誰かが何かをしてくれるのを待っていても、何かが起こるのを待っていても、多分何も起こらない…。

大きな力を得る努力ではなく、小さな行動をし続けられる人になりたい。

 

ウクライナに一日も早く平和が戻ることを祈って。

See you soon!

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