Photo and Diary2021-01-04T11:49:53+09:00
3112, 2020

ありがとうございました。そして、よいお年を!

今は大晦日の夜。

さっきまで海の見えるとある場所でこもって練習や作曲をしていました。テレビもなく、Wifiもない環境。あるのは海と空と鳥の声・・・かな。

来年1月31日和歌山市民図書館にて行われるイベント『箏が奏でるアイルランドの昔話』。上甲ひとみさんの語りに私が音楽をつけます。

お話のタイトルは『ハープをひくハチとネズミとゴキブリ』。ハチもネズミもゴキブリも、私たちにとってすごく苦手な動物ですよね。でも、お話を読んで、さらに曲を作っていると、かわいくてたまらなくなってくるのです。それは結局、人間の身勝手、罪深さなのですが…。

お話はあくまでも明るく愉快!

お楽しみに!

 

もうすぐ終わろうとしている2020年。

世界中の誰ひとりこんな年になることを予想できませんでした。そして、例外なく世界中の全ての人が今もこの災禍の下で不安な日々を送っています。

それゆえに、感謝の気持ち、そして、人とのつながりの大切さをなおさら強く感じた一年になりました。

 

生きていくこと、そして、音楽のちから。って何だろう?

 

ひとりができることは本当に小さくささやか。

でも、それは無力じゃない。

ほんの少しの優しさを誰かのために。

 

自分のこともちゃんと愛して、ちゃんと信じて。

 

年を越す。

境界線をぴょんと飛び越えると新しい自分に生まれ変われる。

そんな魔法が使える特別な夜!

 

これからやって来る新たな年、2021年!

あなたの体も心も健やかで、そして、幸多き一年になりますように。

また来年もこのページを通して一緒に!元気に!生きていきましょう!

本当に2020年ありがとうございました。

See you soon!

712, 2020

沢井忠夫先生との出会い

沢井忠夫先生の演奏を初めて聴いたのは小学校3年生(8歳)の時。その瞬間に私の歩む道が決まりました。

私は4歳の頃から箏は習っていたものの小学生になるとクラシック音楽に魅力を感じるようになり、小学2年生からはピアノに夢中でした。

その頃、和歌山で箏の手ほどきをしてくださった赤羽多美代先生は、新しい曲を習得すべく大阪まで沢井忠夫先生のレッスンに通われるようになりました。そして、1972年、初めて沢井忠夫先生(当時35歳)が和歌山のおさらい会にご出演され、特別演奏をされました。

『水面(みずも)』を一恵先生と演奏されたと記憶しています。目の覚めるようなドライブ感と圧倒的な音の力に私は感動というよりむしろ衝撃を受けました。

驚いてなんだか全てが止まってしまったように感じました。

あの楽器からこんな音が出るなんて!こんな世界があるなんて!

「連れて行かれた」感じでした。

そのうち、東京芸大に行きたいと思うようになりました。先生が歩んだ道を私も歩みたかった…。箏の演奏家になって世界中で演奏するというのが私の夢になりました。

先生は当時、子供は教えないという方針でレッスンされていましたが、無理を承知で母と赤羽先生が先生に頼み込んでくれました。忠夫先生が出された条件は「次回のおさらい会の舞台をオーディションとし、レッスンを受ける資格があるかどうか判断する。レッスンをするとしてもけして子供扱いはしない。」という2点でした。

小学6年生(11歳)のおさらい会。前日の夜、「明日はいよいよ運命が決まる!」と緊張して寝床に入ると、突然電話があり、父が大阪で転倒し救急病院に搬送されたとのこと。母は「どうしてこんな時に…。」と泣きそうになりながら、慌てて着替え、私たち姉妹3人を近所のおばさんに託して走って飛び出して行きました。

あまりにバタバタしていたので、それから演奏までどんな風に過ごしたかは思い出せません。ただ、おばさんが朝食にあたたかいミルクコーヒーを挿れてくれたのだけれど、お砂糖と塩を入れ間違ったらしく、たまらなくしょっぱくて、妹たちも一緒に顔を見合わせて笑ったことだけを覚えています。とてもとても優しく私たちを守ってくれました。

舞台での演奏で合格点をいただくと、母が舞台裏の廊下の向こう側から走ってきました。その時、病院から慌てて会場に到着した母は、着のみ着のまま薄手のベージュのコートをとりあえず引っ掛けただけの姿だったことをなぜか鮮明に覚えています。母はその時ちょうど40歳。

今はもう沢井忠夫先生も母もおばさんもいなくなってしまいました・・・。

沢井忠夫先生の音も演奏も、完璧な超絶技巧、クール、強い、きれい・・・などということばがどれほど虚しく、生やさしいかを思い知らせる圧倒的なものでした。子供の時に先生の演奏に出遭ったことは私にとって間違いない幸運だけれど、その後今に至るまで先生の演奏以上に心を揺るがす箏の演奏には出会えないのは幸せかどうか・・(笑)。

先生の音楽には、心の底にクサビが打ち込まれるような鈍い重さがあり、悲しみがあり、色気があり、狂気がありました。

私は沢井忠夫にはなれない。と悟り、もうとっくの昔に先生を追いかけるのはやめてしまったけれど、レッスンで先生は一度も私に「こう弾きなさい。」とおっしゃったことはありませんでした。たまに「こう弾いてみてごらん。」とおっしゃるだけで、ほぼ野放しでした。私は先生の手から生まれる奇跡の音にいつだって驚いては目をパチクリ。先生のお顔より手のショットが私の脳アルバムの中には多いのです。

伝説の箏曲家として歴史上の人物になりつつある先生。

私に伝え残してくださった大切なものは技術の向こう側にある光。

そう言いつつ、自分の動画を見て、先生の演奏姿に少し似てるかも?!とちょっぴり嬉しくなったりして(笑)。

うーむ。最近、ノスタルジックになっているかな?

いえいえ、先生は私にとって過去じゃないから!

See you soon!

3011, 2020

Let's Smile!

明日からはもう師走。

依然としてコロナパンデミック収束の兆しはなく、厚い雲に覆われた空の下で生活しているような日々が続いています。

人との接触を減らし、あらゆるものに触れるたび神経質にならざるを得ず、街ゆく人々はまるで目だけがキョロキョロ動く別の生き物になったかのようです。それでも時間は同じように過ぎ、季節は移ろい、年齢を重ねていく…

冬は色違いの裏起毛のワンピース3枚を着回します。3年周期で着倒しては購入。朝起きたら頭からすっぽりとこのワンピースを被って着替え、トーストとヨーグルトのいつもの朝食。(レッスンや外出する用事がなければ一日中このスタイル。楽でいいけれど、なんだかなあ…。)

それから、練習をし、栄養のバランスが偏らないよう変わり映えのしないメニューをいつもと同じお皿に盛りつけて食事をとり、運動もしなくちゃと散歩に出かける…。

一時はお料理も工夫していたけれど、最近の生活は中途半端に逆戻り。

日々怠けているわけでもなく健康にも留意した真面目な生活。

だけど、心はなんだか浮腫んでしまって破裂しそう!

先日コンサートを聴きに出かけたら、感染防止対策で客席はピリピリしていて、見張られているようで、怖くなってリラックスできませんでした。当然の事ながら誰にも悪意はなくて、ただ不安と恐怖でみんな緊張している状態。笑顔や親切や優しさが消えてしまった…。

最近チョコレート中毒になっているなあ。と思っていたら,チョコレートの売上がものすごい勢いで伸びているとか?

そっかあ。みんな同じ状態なんだ……

しんどいね。

緊急事態宣言が出た頃に家の中はひとまず整理し,仕事もしやすい環境に整えたにもかかわらずエネルギーが湧いて来ない…。

こんな時こそやれることがあるはず!と自分を鼓舞して始めてみるものの、すぐ萎えてしまって、なんとなく引きずられて頑張っている感じ。

こんなことでどうする?と叱咤激励すれども心の目は閉じたまま。

そんな時、友人との会話の中で「英語で好きなことばは?」という話題が出ました。

私がひらめいたのは『move』でした。

そして同時に、私の心が今止まってしまっていることに気づいたのです!(心を動かす活動を開始しようと計画したばかりだというのに^^;)

固まってしまった心をわずかでも動かすものは何か探るべく自分の心を観察してみました。

きれいな花、色づいた木の葉、素敵なデザインの食器や文房具、かわいいお人形、色とりどりの布地、炊きたてのごはん、元気な野菜たち、朝カーテンを開けた時に広がる青空、人々の話し声、エレベーターで出会った赤ちゃんの笑顔、大好きな人との会話…

アートや旅は大きく心を揺さぶってくれるもの。だけど、それは非日常。

日常のリアルな生活の中で心をほんの少し動かしてくれるものは『My favorite things(大好きな物や事)』、そして、やはり行き着く先は『Love(愛)』。

心が止まってしまったら、『My favorite things』の力を借りてほんの少し心を動かしてみる。

そして、「焦らないで。大丈夫。ほんの少しでいいからね。ゆっくりね。」と呪文のように自分に言い聞かせてみる。

そうすると心はふわっと柔らかくなって、優しくなって、ぷるぷると揺れ始めます。

これが私自身の処方箋。

自分にもLoveを!

そして、笑顔と優しさをみんなで発信して行きましょう!

ささやかなリサイタルをしています。『楽』と『月夜の海』を演奏しています。ブラジルのシェンさんと静香さんが企画してくださいました。https://youtu.be/mm3M7Ef–qk

ぜひ聴いてください。

See you soon!

2211, 2020

Projeto Música no Castelo – YOKO NISHI (Koto)

コロナ禍において、ブラジルと日本の音楽家で音楽を発信し交流していこうと言う動きが生まれました。
私も参加しています。
以下、YouTubeにて音楽配信しています。
お時間のある時にぜひご覧ください!応援をよろしくお願いいたします。
西陽子ソロコンサート
https://youtu.be/mm3M7Ef–qk

1511, 2020

2021年に向けて

前回の更新から2週間が経ちました。日曜日に更新!ということを意識しているわけではないのだけれど、なぜか書きたくなるのは日曜日の夜…。

「波の出会い」ついに私たちの演奏がアップされましたので、ご覧ください!https://youtu.be/2q1gA7ZHKnU

ここのところは来年からスタートさせる新しい活動のために動いていました。18歳で上京してから住んだ街は、浦和、野方、桜台、小竹向原、江古田、北鎌倉、日本橋蛎殻町…そして、ようやく日本橋人形町に落ち着きました。

ここの街に根づいた活動を始めようと思っています。和歌山では地元と直結した活動をしてきましたが、東京では音楽や仕事で人と繋がっていても街とのつながりはほとんどありませんでした。

でも、やっぱり自分の住む街を愛したいし、『生活』したい!

SNSで誰もが世界中と繋がることのできる時代に自分の足で歩ける範囲から始める活動って?

オンライン化が加速している今の時代に逆行する活動になりそうな予感(^_^;)。

いいんです!今どきのものでなくても。時代錯誤であっても。

『感じる』こと

『心を動かす』こと

私の喜びも楽しみも幸せはここにあって、音楽で伝えたいこともこれが全て。

ささやかだけれど、ぎゅっと詰まった音楽会。

これが活動の大まかなコンセプトです。

ニュースを見ていたら、「50歳以上の高齢者は…」と。

えっ!? 私、高齢者なの?(愕然)

まあ、だからこそ開き直れることもありますよね?^^;

See you soon

1011, 2020

Encontro nas ondas「波の出会い」Vol.1

コロナ禍において、ブラジルと日本の音楽家で音楽を発信し交流していこうと言う動きが生まれました。
私も参加しています。
以下、YouTubeにて音楽配信しています。
お時間のある時にぜひご覧ください!応援をよろしくお願いいたします。
ブラジルミュージシャンとのコラボレーション
https://youtu.be/2q1gA7ZHKnU

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