Photo and Diary2021-01-04T11:49:53+09:00
2212, 2021

『西陽子 plays 箏百景』レポート③

後半は未来に向かう箏をテーマにプログラムを組みました。

まずは、箏の可能性を極限まで抽き出した神田佳子さん作曲の「箏と打楽器のための練習曲No.1」。

 

これぞ箏の曲弾き!

 

今もこの曲を超えるユニークな作品はありません(断言!笑)。

左手に爪をつけて弾くのはもちろん至難の業だけれど、それよりもこの曲が八橋検校の考案した日本の伝統的な音階・平調子でできているということが本当にすごいと思うのです!(神田さん、天才!)

演奏というべきかパフォーマンスというべきか、打楽器奏者は先生、箏奏者は生徒という関係で、ちょっとしたストーリーのある芝居仕立て。それを音で展開していくのですが、笑いが出て、驚きがあって、楽しい!

大家さんの厳しくも優しい、ちょっと明治の文豪的なエヘン先生と、すぐ怠けてしまう優柔不断で情けない生徒の私との、ユーモアあふれるやりとりはお客さんに大層ウケました!

 

神田さんがこの作品を作曲されたのは、高橋悠治さんプロデュースの伝統楽器によるユニット「糸」の活動中。「ねえ、なんで左手に爪つけて弾かないの?横からだと弾けるんじゃない?」「あ。面白い!やってみるね。できるかも!」なんていう会話から出来上がっていった作品。「糸」の定番曲となり、どこで演奏しても大好評でした。

「糸」の練習場は、当時私が住んでいた江古田駅前のマンションのお部屋でした。作曲家の方達もたくさん集まって、楽器を囲んで演奏家と作曲家で新しい作品を生み出していきました。長時間一緒に過ごし、食事をしたり、広いベランダがあったので夏は花火をしたこともありました。

完全分業ではなく、特に伝統楽器や民族楽器の場合は一緒に楽器の性能を探りつつ作曲家と演奏家が一緒になって作っていくのは理想の環境。高橋悠治さんはリーダーの高田和子さんと共に、コンサートの機会を作ってくださり、作曲家に声をかけ、私たち演奏家にも多くのことを教えてくださいました。その時のご指導は私の音楽の礎であり宝物です。いろいろなものが混じりあったり、雑談があったり、無駄と思われるものの中に新しいものを生み出すチャンスが潜んでいるんですよね。

今まで見たこともないような新しくしかも質のいいものを生み出そうと思えば失敗や推敲も重ねるから時間もお金もかかります。ましてやグループとなれば・・・

「糸」は理想でした。

高田和子さんと高橋悠治さんに守られ、環境を作っていただきました。そして、私たち演奏家も作曲家も若かった。仕事もお金もほとんどなくて、時間がいっぱいあって、社会的にも家庭的にも抱えているものがほとんどなくて、私たちは自由なひよっこでした。だからこそできた部分は大きい。その年齢にしかできないこともあるのですよね。

 

高橋悠治さんの時代、沢井忠夫先生の時代、世界を見れば20世紀の音楽は刺激に溢れていましたし、私にとってはまさに憧れでした。作曲家と演奏家が共に輝いていた時代・・。

古典では藤井久仁江先生、米川敏子先生、横山勝也先生、山口五郎先生をはじめとする名人が綺羅星のごとくいらして、その音を生で聴けたことは私にとって何物にも変え難い貴重な経験です。

今から思うと、どの先生の芸も個性が際立っていて、スケールが大きかった。

お人柄も、余裕があっておおらかでチャーミング。近寄り難いけれど、人間味にあふれた先生方でした。

 

私たちの時代は?

うむ・・・自分たちには見えないものですね。

でも、生きている限りは自分に与えられた場でいいと思うものを生み出し、作り続けたいと思います。

 

そして、今の若い人たちが生み出す音楽は?

昭和生まれの私たちとは明らかに文化の隔たりがあり、だからこそきっと私には想像もつかないものが生まれると思うとワクワクします。

 

動画配信、SNSなど発信の方法はどんどん新しくなるけれど、果たして箏の音楽そのものはどうだろう?と考えます。

 

ふむ。まだまだまだまだ・・・・。

See you soon!

2112, 2021

『西陽子plays 箏百景』レポート②

『西陽子 plays 箏百景』レポートは続きます。

「上弦の曲」が終わると、金屏風・緋毛氈の舞台から、パーカッショニスト・大家一将さんのパーカッションソロ、そして、十七絃デュオとパーカッションで2cellosの『kagemusha』、十七絃カルテットと尺八とパーカッションによるマイケルジャクソンの『Smooth Criminal』のクールな(自画自賛?笑)舞台へ。

 

大家さんの華麗で躍動感あふれるソロは、会場の空気を一気に動かしました。

スネアドラムたった一つで聴く人の心を釘づけに!

 

そして、いよいよ十七絃の登場!

 

私は十七絃の音が大好き。

深くて、温かみがあって、パンチがあって(この言葉は最近あまり使われないかな?と思って調べたら、関西ではよく使われるらしいです。要するに、エッジが効いてるとかインパクトがあるという意味ですが・・・んー。やっぱり昭和生まれとしては『パンチ』がしっくりきます。笑)カッコイイ。

アレンジしてよかった曲は、ほとんど原曲を聴いた瞬間に「これはイケる!」という直感が働き、さらに、アレンジしてみるとチューニングがピタリと17(箏なら13)個の音に収まります。これはもう偶然とは思えないミラクルなのです!その時の「きたー!」という気分はもう最高!!!

『kagemusha』は2019年のきのくに音楽祭で初演。客席からは「おー!」という声が上がり、今回もどなたかが「すごい!」と言ってくださったのが聞こえました。3分弱の曲ですが、十七絃のいろんな要素を盛り込んでアレンジしました。

『Smooth Criminal』は今回初演。重低音カルテット(江原優美香さん、植野由美子さん、中西裕子さん、そして、私)に辻本さんの尺八と大家さんのパーカッションが加わりました。辻本さんはこの曲をレコーディングされたり動画配信されたりして世界から注目されました。今回はアンサンブルをリードしてキレのいい演奏にしてくださいました。

こちらも大いに盛り上がり、第一部のフィナーレを華やかに飾ることができました。この2曲はもっともっといろんなところで演奏したいですね。

ともかく楽しいんです!!!

もちろんそれは原曲が素晴らしいからですが。

 

私はロックミュージックに詳しいわけではありません。むしろよく知らないと思います。だけど、ロックの中には悲しみがあり、怒りがあり、孤独があり、優しさがあるような気がするのです。圧倒するような激しさの中にある脆く崩れそうな繊細さ。生きることの矛盾を感じながらも突き進もうとする純粋な生命の叫び。枠の中に収まりきらないで荒れ狂い、溢れてしまい、はみ出てしまうのは思いだけではなく、生き方そのもの。

私は心を揺さぶられ、共振します。

十七絃はこの複雑で激しい思いを受け止めてくれるのです。

 

どこからでもかかっておいで。

僕はどんな話も聞いてあげる。

僕はいつでも受け止めてあげる。

 

って、あの分厚いボディーが言ってくれているような気がするのです。

Rock×Bass koto 継続したいですね!

ここで15分の休憩があり、いよいよ後半第2部へ。

↓ 辻本さんを待つSmooth Criminal の演奏メンバー 楽しそう!

 

See you soon!

 

 

1812, 2021

『西陽子 plays 箏百景』レポート

2ヶ月も更新できず、ここを訪ねて下さった方々には本当に失礼いたしました。

前回の更新の後、コンサートが続き、文章をまとめる余裕が全くありませんでした。一つのことに集中すると他のことはほぼできなくなってしまう不器用さゆえどうかお許しください。

この空白期間に、何からご報告すれば・・・というくらいたくさんのできごとがありました。

まずは、最近の話題からゆるゆると綴って参ります。

 

12月12日(日)新しくオープンした和歌山城ホールで行われた『西陽子 plays 箏百景』。開場時にわずかに残っていたチケットも即完売で売り止め。

sold out!約400席満員御礼となりました。感激!

 

前日11日は、朝10時~夜7時まで昼食時を除いてほとんどぶっ通しでリハーサルを行いました。この日全員で合わせるのが初という曲が11曲中5曲。楽器編成や構成も違うために音のバランスを聴きながら曲ごとにcm単位で舞台上の位置を選び、音を合わせ、アレンジには修正も加えていきます。

和歌山城ホールの音響は素晴らしく、全曲生音で気持ちよく弾くことができます。自然な木の響きが心地よい!

楽器を選び、柱を選び、爪を選び、作品それぞれのイメージを明確にし、最高の状態でお届けできるよう環境を整えていきます。

演奏者とスタッフが一丸となって詰めていく作業。

私はというと、明日の本番をピークの状態に持っていくためにも弾きすぎてはいけない。と思いつつ、つい演奏を始めるとスイッチが入ってしまって、中途半端な音では満足できなくなってしまい・・・結局制御しきれず、かなりめいっぱい弾いてしまいました。若い頃は、何時間弾き続けても疲れ知らずでしたし、たとえ疲れたとしても次の日には完全復活しているのが当たり前で、何の不安もありませんでした。

だけど、一度舞台で指が攣ったのを経験してから、自分のコンディションもちゃんと整えていくようにしなくてはと思うようになりました。

それでも、若い頃の記憶が体に残っていてなかなかうまく抑制できず、練習しないと不安になるところを我慢して休むというのも修行だなあと痛感しています。瞬発力から時間をかけて熟成させるスローペースにシフトチェンジする、私にとっての新しい挑戦が始まっています。

 

さて、当日。

満員御礼のニュースを聞いて、楽屋は沸き立ち、私は感激しながらも緊張・・。

 

1曲目は『六段』。

舞台に足を踏み入れると、まだ演奏もしていないのに、拍手があまりに大きくて温かかったので、それでもう私の心はやられてしまいました!(泣)。

まだ演奏もしていないのに!(しつこい?笑)

拍手の音も音楽だなあ。と思いました。皆さんの手を叩く音にも音色があって、熱気や愛情が表現されていて、それが伝わってくるんです。

六段は着物で座奏。箏柱は随分前に有名なピアノの調律師さんの奥様から譲り受けた小ぶりの象牙柱を使いました。絹糸ではありませんでしたが、プラスチックの柱にはないマットで奥行きのある音色がします。

 

江戸時代に作られたこの作品。初演された時には、当然ながら高層ビルもなく、人々はみんな着物を着ていて、髪型も違えば、冷暖房もなく、食生活は質素で、何より生活のスピード感が今とは全く違う・・・イヤフォンで音楽を聴き、マイクから放たれる音響に酔い、(特に都会の日常生活では)車が走る音や工事の音に風や葉擦れの音などかき消されてしまう環境に身を置き、すごいスピードに振り落とされないように走り続けている私たち。

きっと耳の感覚も変わってきているのだろうと思います。

だけど、弾いているのも聴いているのも同じ『人間』。楽しいと思う気持ちも、笑顔も、優しさだって変わらない。(話が飛躍しすぎ?笑)

江戸時代の人たちと同じ耳では聴けないけれど、逆に六段に耳を澄ますことで江戸時代が見えて(聞こえて)くる。ような気がしないでもありません。

物や情報が溢れている現代から離れて、隙間だらけでほんの少しのものをじっくり味わう昔の感覚。走るのをやめて立ち止まってぐるりと周りを見渡すような時間。

これってすごく優雅ですよね?

 

私は練習を始める最初に、必ず「六段」か「みだれ」を弾きます。

手を馴らすウオーミングアップという意味だけでなく、ここに箏を弾くことの基本があって、私たちはいつだってこの大地の上に立っていると思うと背筋が伸びて、ざわざわした気持ちも鎮まるのです。

季節の移ろいのように緩やかな変化を味わいながら、音を置き、つなぎ、弾き終えた頃には雨上がりのような心持ちになります。

まずは「六段」から。コンサートもここからはじめました。

 

次に、辻本好美さんの独奏で「鹿の遠音」。続いて私とのデュオで「上弦の曲」。偶然にも本番前夜の月は上弦の月でした。

 

武満徹作曲「ノヴェンバーステップス」で尺八と琵琶は一躍世界にその音色の魅力が知られました。どちらの楽器も音色が個性的で、箏にはそんな強烈な個性がない・・・箏は大抵伴奏役で、地味で、どうしたって主役にはなれない。

ずっと悔しい気持ちがしていました。

その気持ちが一気に払拭したのは、権代敦彦さん作曲のオペラ『桜の記憶』をリトアニアで初演した時でした。オケピットにはフルオーケストラ、客席を囲むように大人の混声合唱団と子供の合唱団、そして、舞台上にはオペラ歌手の皆さんが、多くのユダヤ人にビザを発行し救った杉原千畝のストーリーを歌と演技で展開していきます。私は桜の精のような役割で舞台に上がり、時にはソロで、時には歌と一緒に演奏しました。

初演だけれど、舞台に上がる以上は暗譜という条件でしたから、リトアニアに向かう前にスコアを読みこみ、ガイドになるであろう旋律を見つけ自分でそれをピアノで弾いて録音し、自分が弾く部分はもちろん演奏を始めるタイミングや、オーケストラや歌手との絡みも頭に入れました。

2時間弱の舞台。演奏家は私以外全員リトアニア人。言葉も全てリトアニア語。暗譜でプロンプターもいない。初めての大きな経験に不安はつきませんでしたが、こんなに素晴らしいチャンスをいただけることの喜びの方が大きかった。

本当に必死でした。

 

そのとてつもなく大きな編成の演奏は、ラストシーンで全ての楽器と声が一体となって大音響となります。

そして、その後、最後の最後の音は箏の単音がひとつ。

その一音はブラックホールのように一瞬で全てを無に帰して場の空気をフリーズさせ、音の後には静けさだけが漂っていました。

たった一音で全てをひとつの点に吸引し集約して閉じ込めてしまう力。

とどめの一撃のように有無を言わせない圧倒的な力。

これこそが箏に秘められた力なのだと体感しました。

派手だの地味だの、主役だの、脇役だの・・・そんな小さなこだわりはあっさり吹き飛びました(笑)。

 

話はもどり、「上弦の曲」は尺八も箏も華やかで技巧的で、それこそどちらも主役の作品です。でも、これがさらっと上手く弾けるのではつまらない。尺八と箏が速い流れの中で微妙な間や音の濃淡を作り、お互いに仕掛けたり抜いたりしながら、わざわざ荒削りにしていくところがこの作品の本当の面白さだと思います。武道にも通じる真剣勝負!(勝ち負けはありませんが。笑)

「六段」「鹿の遠音」という古典の精神がここに繋がっているということを感じていただけたのではと思います。

 

さてさて、このペースでいくと、これまでのご報告がいつになったら終わるのやら。

今年中には今年のことをご報告し終えられるよう寄り道しながらのんびりとお話していきたいと思いますので、おつきあいくださいませ。

See you soon!

1610, 2021

てんてこまいの秋の日々

ご無沙汰してしまいました!9月中には更新しよう。と思いながら、気がつけば10月になり、もう16日になってしまいました。

 

9月25日のコンサートは、おかげさまで満員御礼!とても熱心にお聴きいただき、本当に嬉しかったです。ありがとうございました。

前半は私の作品、後半は藤枝さんの作品。曲はどちらも4曲ずつ(私の作品は3曲が新作初演、藤枝さんの作品は1曲が新作初演)、区切りなく演奏されそれぞれ30分の舞台で、私の作品は器楽のみ、藤枝さんの作品は全て歌が入るという構成でした。2年かがりで完成させる計画でスタートさせたので、来年、私は今回の作品を含めた組曲「海」を、藤枝さんは折口信夫の歌集から選んだ3首のうちの残りの2首をやはり箏歌に作曲し完成される予定です。

先日の演奏会の模様は、10月26日から11月27日まで動画配信がありますので、ぜひお聴きください。→https://nishiyoko2021.Peatix.com/view

 

コンサートが終わってすぐに和歌山でレッスンがあり、飛行機で移動。飛行機から降りる時に荷物を下ろそうと思ったところ五十肩の痛みをかばおうとして足を捻ってしまい、膝を捻挫してしまいました。

なんとかごまかしながら和歌山レッスンを終え、東京に戻ったと思ったら、今度はなんと!ぎっくりお尻に!ぎっくり腰は経験がないけれど、30代後半に初めてぎっくり背中になりました。コンサートのため、ベルリンからパリに移動して、パリでひとり3日間限定夢のアパルトマン生活をする予定が、結局どこにも行けず、とりあえず食料だけを買ってお部屋でうんうん唸り続け、夢は無惨に砕け散ったのでした(泣)。

その後、ぎっくり背中は2回ほどありましたが、今回は初のぎっくりお尻。お尻を起点に腰から股関節、膝まで電流が走り、動作を変えるたびに激痛が・・・。というわけで、もはや自力では修復ならず鍼治療に。

 

ああ、故障の連鎖が止まらない。

 

診察していただくと、「お尻がダイヤモンドになっています。」と言われ、「ええっ?お、お尻がダ、ダイヤモンド?」と聞き返したところ、「お尻が引き攣って下の方がえぐれてダイヤモンドカットされたようになっています。」とのこと。

施術を受けると、まさにマジック!!!たった1回の治療ですんなり立てる!!!すごい!!!(先生方ありがとうございました!涙)

その後めきめき良くなっているものの、五十肩は時間がかかりそうで現在も治療中。でも、先日の治療では「今日はまあるい桃のようなきれいなお尻に戻ってますよ。」と褒められた?(苦笑)のでした。

 

治療と並行して、今月末から始まる国民文化祭関連のイベントなどなど練習しなければならない曲が山積み。楽譜を整えて揃え、段取りを考えながら練習をしているとあっという間に時間が経ち、結局いつも最後の曲までたどり着けず、練習を終えて夜11時頃になるとぐったりしてしまって文章が組み立てられない有様でした。

いつも読んでくださっている皆さま、更新遅れてしまってごめんなさい!

食生活も荒れています。うー、コンビニごはんの割合が増えてきました・・・。こんな中、嬉しいことに東京・日本橋のレッスン場のすぐ近くにかわいいおむすびの食堂がオープン。お味噌汁が絶品。ランチはもっぱらこのお店に頼っています。

 

「西陽子 海界をうたう」は、私にとって新しい1歩を踏み出すことができ、また、これからの自分の音楽の方向性を発見できたコンサートになりました。

私の作品に関しては、もうずっと前から心のどこかにあったけれど形にできなかったものでもあり、表現し発表する勇気がありませんでした。

でも、意外なことに、この「老化」の波が私を後押ししてくれました(笑)。もう時間はない。やるなら今!うじうじ思ったまま一生を終えるつもり?という私の心の声が聞こえました。もう周りの目とか評価とかコンプレックスとか気にしている時間はない!(笑)。

というわけで、頑張りました(笑)。

でも、それもこれも忌憚なくいろんなことを話し合える作曲家の藤枝さんがいて、私の曲を弾きこなし懸命に表現しようとしてくれる演奏家の江原さんと脇坂さんがいて、支えてくれるスタッフがいて、応援してくれるお客様がいてくれるからこそできたことです。

本当に感謝の気持ちはことばでは言い表せません。

私は、箏(十三絃)と十七絃に限定し、このままの自然な形を生かして、多彩な世界を遊びながら作っていきたい。それが私には合っている。と実感しました。少ない素材で在るものを生かして豊かなものを作ること、面白い発見をすること、それが何よりワクワクして楽しい!

おもちゃ代わりに箏で遊んでいた子供の頃の魂が甦ってきたような気がしています。

これが私の原点!

 

そして、明日はいよいよ日本橋浜町・Hama Houseにてミニコンサート。「はじめての箏」というタイトルのもとに、箏の楽しみ方、味わい方などをお伝えできればと思っています。

 

年齢を重ねると不自由になることもあるけれど、自由になることもあるんですね。

See you soon!

2009, 2021

心づくしの秋は来にけり

気がつけば秋。爽やかな風に秋の到来を感じています。

そして、コンサート「西陽子 海界をうたう」の5日前!

おかげさまでチケットも残り数枚となりました。

お運びいただける皆さまにはただただ感謝の気持ちでいっぱいです。

作曲は一応終了し、現在は演奏家モードで箏を弾き、歌っております。

プログラムの原稿も執筆中。なんとなく、文章が、お運びくださる皆さまへのお手紙になりつつあります(笑)。

 

さて、皆さまへのご案内をふたつ。

☆ひとつめ。

Podcast「集まれ!伝統芸能部!!」に出演させていただきました。

演奏も含めいろいろとお話しています。私のレッスン室での収録でしたので、楽器を囲んで賑やかに楽しくおしゃべりしています。動画ではないので、家事をしながら・・・などラジオのように何かをしながらでも楽しんでいただけます。

邦楽とは全く無縁の環境で生まれ育ち、しかも、『昭和』の、『地方』から無知なまま上京し、箏の演奏家になった私だからこそのエピソード満載!沢井忠夫先生との出会いや受験時の恥ずかしいエピソード、無謀なチャレンジ話も入っています。

パーソナリティーの田中園子と甲田麻里さんの美声にも注目です!

ぜひ、聞いてください!

★Apple Podcast

▷箏曲家 西陽子さんの演奏「花一夜」 ~粋な音 探検隊より〜

https://podcasts.apple.com/jp/podcast/%E7%AE%8F%E6%9B%B2%E5%AE%B6-%E8%A5%BF%E9%99%BD%E5%AD%90%E3%81%95%E3%82%93%E3%81%AE%E6%BC%94%E5%A5%8F-%E8%8A%B1%E4%B8%80%E5%A4%9C-%E7%B2%8B%E3%81%AA%E9%9F%B3-%E6%8E%A2%E6%A4%9C%E9%9A%8A%E3%82%88%E3%82%8A/id1535166450?i=1000533976014

▷箏曲家 西陽子さんの演奏「月夜の海」~粋な音探検隊より

https://podcasts.apple.com/jp/podcast/%E7%AE%8F%E6%9B%B2%E5%AE%B6-%E8%A5%BF%E9%99%BD%E5%AD%90%E3%81%95%E3%82%93%E3%81%AE%E6%BC%94%E5%A5%8F-%E6%9C%88%E5%A4%9C%E3%81%AE%E6%B5%B7-%E7%B2%8B%E3%81%AA%E9%9F%B3%E6%8E%A2%E6%A4%9C%E9%9A%8A%E3%82%88%E3%82%8A/id1535166450?i=1000533847961

▷お箏(こと)を体験してみた /前編 〜粋な音探検隊〜

https://podcasts.apple.com/jp/podcast/%E3%81%8A%E7%AE%8F-%E3%81%93%E3%81%A8-%E3%82%92%E4%BD%93%E9%A8%93%E3%81%97%E3%81%A6%E3%81%BF%E3%81%9F-%E5%89%8D%E7%B7%A8-%E7%B2%8B%E3%81%AA%E9%9F%B3%E6%8E%A2%E6%A4%9C%E9%9A%8A/id1535166450?i=1000533976198

▷お箏(こと)を体験してみた /後編 〜粋な音探検隊〜

https://podcasts.apple.com/jp/podcast/%E3%81%8A%E7%AE%8F-%E3%81%93%E3%81%A8-%E3%82%92%E4%BD%93%E9%A8%93%E3%81%97%E3%81%A6%E3%81%BF%E3%81%9F-%E5%BE%8C%E7%B7%A8-%E7%B2%8B%E3%81%AA%E9%9F%B3%E6%8E%A2%E6%A4%9C%E9%9A%8A/id1535166450?i=1000533976093

★NOTEはこちらです。

https://note.com/braindrain8460/n/nf8976c59f07e

 

☆ふたつめ

地元・日本橋での活動のお知らせです。

日本橋浜町にあるブックカフェ・Hama Houseでライブを行います。

楽器の話、古典を楽しく味わう方法、意外にアヴァンギャルドな箏の知られざる素顔(?)などトークとともに箏の音色を体感・体験していただくコンサートです。

Hama Houseではいろんなイベントが企画制作されており、さまざまなジャンルの人が交流する場になっています。日本橋浜町発信基地です!

今回の企画も店長の中延さん、いつもライブをされている中丸さんとあれこれアイデアを出しながら出来上がりました。

音楽に合わせて、当日は京都の老舗・一保堂茶舗の茶葉を使ったオリジナルドリンクとお菓子をアレンジしていただけることになりました。

休日の午後をぜひご一緒に!

http://hamacho.jp/hamahouse/2021/09/14/【10月17日】月に一度の音楽鑑賞会「hama会」/

 

応援していただけることに感謝の気持ちは尽きません。

そして、なんて私は幸せ者なんだ!と・・・。

 

かれこれ20年くらい前、箏を弾くことに心が動かなくなってしまった時期がありました。鉛のような心を引きずりながら、楽譜の再現マシーンとなっていた時期・・・。

作曲家の高橋悠治さんに悩みを打ち明けたつもりが、会話はまるで禅問答のようになり、最後に「どうして音楽?なぜ箏を弾いているの?」と聞かれ、長い沈黙の後に「か、感謝でしょうか・・・。あとは、それと・・・」と答えを続けようとしたら、「感謝だけじゃだめなの?」とおっしゃいました。私は、涙が流れるばかりでした。

そのお言葉はずっと私の心に。今もずっしりと・・・。

See you soon!

3108, 2021

箏と本と私

教室のおさらい会を終え、2日くらい何をするでもなくぼーっと過ごしてしまいました。こういう日、今は大事です。

ダイジェスト版ではあるものの、パラリンピックを観てたくさんのパワーをいただいています。技の凄さはもちろんのこと、これまで歩まれた険しい道のりの上にある輝く笑顔。そしてさらに、もはや選手の肉体の一部となって支える人たちの存在。言葉ではうまく表現できないけれど、人間の力、美しさ、強さにただただ涙しています。

 

今はおさらい会から気持ちを切り替えて9月25日のコンサートに向けて曲作りに集中しています。

そんな中で、ふと、私は一生一緒に遊んでくれるおもちゃを両親から与えてもらったんだなあ。と思いました。母からは箏を、父からは本を。

どちらも、おしまいがなくて、さみしいときには遊んでくれて、人見知りの私にたくさんの出会いを作ってくれます。

父は本が好きで、家事は全部母に任せきりでしたが、本だけは自分の思うように並べなければ気が済みませんでした。私が子供の頃は、本屋さんが毎月来てくれて、お薦めの本などを紹介してくれました。父はその中から何冊か選び、全集などは月賦で支払う仕組みでした。本屋さんが帳面をつける様子は、八百屋さんが野菜を新聞紙に巻いたり、天井から吊り下げられた籠からお釣り銭を取ったり(もはや何のことかわからない人も多いと思いますが・・・笑)するのと同じように子どもの好奇心をそそるものでした。

そのおかげで自宅には日本画や世界の美術館の全集、歴史物が好きだった父の好みで司馬遼太郎や池波正太郎といった時代小説が数多くあります。

昭和のモーレツサラリーマンだった父はお酒を呑んで深夜に帰宅することが多く、玄関で寝てしまった父を母と寝室に引きずりあげることは日常茶飯事でしたが、たまに夕方普通に帰宅したときや日曜日などは、着物に着替えて、煙草をくゆらせながら本を読んだり、囲碁の定石とやらを熱心に学んでいました。

子供たちのために小学生や中学生でも読める世界文学全集や日本文学全集も揃えてくれて、2階の部屋でひとりゴロゴロしながら本を読むのはとても楽しかった。

母は、友達のお母様が弾いていた箏の音を聞いて、魅了され、箏を弾いてみたいと思ったそうで、少しは習ったようです。結婚する時、貧しかったにもかかわらず、わずかな貯金のほとんどを箏に充てたそうで、「夢を買ったのよ。」と笑っていました。私が今持っている一番いい楽器の龍舌には、母が亡くなる少し前に書いてくれた「夢」という書を入れてもらっています。そして、母は私の育児に追われとうとう箏を弾く時間はなく、箏は私のおもちゃとなってしまったのでした。

 

両親が私に与えてくれた二つのおもちゃ。

 

箏が「おもちゃ」であることが私の出発点だったのに、演奏家になって、職業になり、音楽で生活していきたい、これで生きていかなくちゃならない、と覚悟した瞬間に、「道具」となり、私は箏を上手に「使う」ためにコントロールしようと必死になり、極端に言えば、楽器にも自分にも鞭打ちました。

いつの間にか、箏は沈黙し、私はひたすら突っ走りました。

それでも、箏はずっとつきあってくれました。

ある時、箏は急に言うことを聞いてくれなくなり、私はコントロールできない自分の肉体と能力を責め、全部がストップしました。

私はなんだかひとりぼっちでした。

それから、対等ではなくなっていた箏との関係を少しずつ修復し、箏も私も柔らかく温かくなって手を携えることができるようになりました。

 

本は、相変わらず、積もる埃に耐えて本棚でじっと待ってくれています。

 

今は、箏とも本ともいい関係です。

というか、私が遊んでもらって、支えてもらっています。

 

9月25日、箏と本と私のトライアングルが作る音の世界に、乞う!ご期待!

(がんばります!笑)

See you soon!

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