生活のリフォーム第一弾
久しぶりに夢の中に沢井忠夫先生が現れました。そして、なんと!その次の次の日の夢に上木康江先生が!
夢の中では、お話をして、声が聞けるのがうれしい。
沢井先生も上木先生も笑顔で、楽しく、私は、先生方が生きてらっしゃる時より、リラックスしてお話できました。
今年の高校生の総合文化祭(いわゆるコンクール和歌山大会)のために、ようやく曲を作り始めました。まだ音はわずかしか置けていないのですが、構想は膨らんでいます。
私には湧き出る泉がないので、着想を得るべく、本を読み、音楽を聴き、歩く。
とはいえ、私は、何をやっても寄り道が多い。
そして、まさに寄り道の途中でいろんなものを拾ってきて、拾得物で家の中がいっぱいになるが如く、頭の中が散らかってしまう・・。
その一つ一つを吟味して、整理しているうちに、いつの間にか、最初に作ろうと思っていたものと違ってしまうこともあるし、これぞ!という宝物に思いがけず出会うこともあります。
さあ、始めるぞー。
さて、心して、スライムから骨のある人間(笑)になるべく生活を見直そうではないか。
一つ、起きたらすぐ部屋のカーテンを全開にする。
一つ、できる限り温かい食事を、お気に入りの器に盛りつけていただく。
一つ、買いだめはほどほどに。
まずはこれだけ。
その効果のほどは?
言い訳に聞こえると思いますが、私は低血圧で、朝起きるのが一日で一番つらい。だけど、決めた以上はお布団から出て、床を這ってでも、半目でも、ともかくカーテンに手をかけて開ける。
リビングだけでなく、どこもかしこも全開にする。
そうすると、「おお、朝っていいものだ。」と思えて、1日の始まりを実感する。
考えてみれば、まさに、1日の始まりも終わりもない時期が多かった。
寝たら終わり、起きたら始まり。
宇宙の時間とは無関係な生活をしてきた・・ああ、荒れている・・・。
食事といえば、忙しい時は、コンビニごはんとデパ地下お惣菜に頼りまくって、『とりあえずごはん』の連続。
メールチェックしながら、明日の予定を考えながら、「食べる」ことに集中しない、どころか、空っぽの胃を黙らせるだけ。
今は少し時間ができたので、煮るなり焼くなり(笑)ひと手間しかかけない(ひと手間というのは、基本調理の上にさらに付け足す時に使う言葉では?私の場合はもちろん基本調理のみです。笑)超単純料理だけれど、温かい食事を作っている。
それらを、洗う手間を省きたいがゆえにずっと使わなかったお気に入りの食器に盛り付けて、お箸もちゃんと箸置きに置いて、食事に集中!
「おお、幸せ感がじんわり滲んできた。」そして、なんと!間食が減りました。
ただ、嬉しすぎて、浮かれすぎて、「明日は何を作って、どう盛り付けする?」って大したこともしていないのに、夢中になって大興奮して眠れなくなったので(笑)、その暴走を今は阻止しています。
「ちょっとずつ」運動実施中。
最後の一つ。
私は日用品でも食料でも減ってくると不安になるタイプ。
まだ4分の1も残っているというのに、もう心配になって、あれもこれも、補充して(量が補充の範疇を超えている!)おきたくなる。
それをグッと我慢して、ぎゅっと目を閉じて、まだあるまだある・・・買い足すのは少し・・・食料も必要な分だけ!と言い聞かせる。
そうすると、買い物にちょこちょこ行くようになり、歩く時間が増え、発見が増え、見知らぬ人との挨拶に毛が生えた程度の会話が楽しい。
なかなかいい調子である。
カーテンを開けていると、マジックアワーに毎回感激する。飽きない・・。
ごはんを作ると、食材にも器にも、これらを作ってくれた人にも、この瞬間にも感謝する。
心から「いただきます」が言える。
買いだめして結局処分して・・・心を重くしていた良心の呵責から解放される。
夜が好きなので夜型は変わらず、いわゆる「1日のサイクル」とはずれてはいるけれど、少なくとも「1日」という単位は実感できるようになりました。
さて、次はどうする?
See you soon!
2025年初投稿です。
中東ツアー、CDリリース記念コンサートのご報告どころか、新年のご挨拶もしないままに春が来て、そして、桜ももはや散り始めた今まで本当に失礼いたしました。
Instagramの方には、少し文章と写真を投稿していたのですが、こちらは、なんと!2024年8月以来ストップしたまま!
いつもここを訪ねてくださっているみなさん、本当にごめんなさい・・。
これからは、Instagramとは別に、こちらは音楽活動に限定せず、もっと気楽に、ゆるく、書いていきたいと思います。お手紙のように。こっそりひっそり。隠れ家的に。
ようやく冬眠から覚めた、というか、暖かさに誘われてのろのろと這い出してきたような状態で、まだぼーっとしております。
昨年の大きなコンサートが終わってもう4ヶ月になろうとしているのに、燃え尽き症候群と不安定な体調が重なり、文章をまとめるパワーが出ませんでした。
いろんな〇〇炎に次々罹患し、まるで身体のあちらこちらに火事が勃発しているようで、その火消しに追われているような日々・・・。演奏の本番とレッスンになると不思議な力が湧いてきて、元気になるのですが、そのあとはまた、ぐにゃり、へこたれる・・。
年齢を重ねると良くも悪くもその人が本来持っている特質が濃縮されていくように思うけれど、自分のどこが濃くなっているのかはなかなかわからないもの。
でも、怠慢と集中の激しすぎる振り幅、不安と完璧主義のループ、人見知り、これが若い時よりさらにひどくなってきていることを自覚したのでした。
穏やかな日常を望みながら、いざそうなると妙な罪悪感に駆られたり、このままでいいんだろうか。と悩んでしまって、一体自分が何を望んでいるのかわからなくなる・・・
というか、これは単にわがままで贅沢なだけ!
わかってる、よくわかってる・・・それでも、どうしても立ち上がれない。
理屈ではわかっているけど、身体と脳はスライム状態。
皆さん、そんな時ないですか?
私はもともとお尻に火がつかないと何もできないタイプで、それがよくわかっているから、そんな自分を奮起させるためにも「まずは予定を作る」というスタンスで過ごしてきました。
目標がないと走れないタイプ。
でも、憧れは職人さん。
何年もかけて日々ほんの少し作業を進めて、技に磨きをかけ、黙々と努力する人。
自分のことって結構勘違いしているんですよね。
私は、自分のことを理屈っぽくてどちらかというと職人気質だと思っていたのですが、最近、実は、本能と直感で判断し、普段は怠け者なのに目標が定まるとものすごい勢いで突進していくタイプだということがわかってきました。
まさに正反対!
こうありたいと思う自分の理想と現実。
素敵なライフスタイル情報が氾濫する一方で世界には理不尽なことが溢れている。
一日に何十通もの偽メールを消去し、かかってくる電話のほとんどが怪しくて、偽情報は絶えず垂れ流されている。隙あらば狙われ、英雄と罪人はいつの間にかひっくり返り、幽けき声はかき消され、沈黙と消滅が同義語のようにさえ感じられる。
一体何を信じればいいのかわからない世の中だ。うんざり・・と嘆けども、この流れはもはや止められない。
理想の自分
理想のライフスタイル
理想の社会
理想の人生
当然のことながら、現実はそんなキラキラしてはいないのである。
その落差に心が萎む
理想をひたすら求めてもそこに理想の結果が待っているとは限らない。
じゃあ、理想なんて持たなければいいじゃん!と思うけれど、理想と夢はちょっと近くて、じゃあ、夢も憧れも捨てる?と思うと、ちょっとさみしい。
あれ?なんの話をしたかったんだっけ?
新年明けたら始めよう、節分が過ぎたら始めよう、誕生日が来たら始めよう、桜が咲いたら始めよう、新年度になったら始めよう・・・・そうやってどんどん見送っていることがたくさんあります。
次は新緑か?笑
いつも何かに向かっていなければならないわけではない
いつも自分を責めて駆り立てなくても、理想と真逆でも、時には速度を落として、時にはその場に佇んで、ちょっとため息をついて、涙ぐんだり、後悔したりして、まるむしのように黒い塊になってもいいと思おう。
転がるべし!笑
すぐに結果を求めすぎる。
教室に通ってくれている小学生たちには、急がなくてもいいんだよ。ゆっくり行こうね。なんて言っているくせに、私こそ、なんでもすぐに結果が出ないと焦ってしまう・・・。
「ゆっくり」には、実は、根気が要る。
全速力で走り続けるモードから、スローペースに転換するのは、楽なようでいて、意外と底力が必要なのだ。
演奏(やっと音楽の話題!笑)でも、早い速度で弾くのは、華麗で、人並外れた超絶技巧に思わず目を見張ってしまう魅力がある一方で、遅い速度は、地味だけれど、実は、一音一音に表情と説得力がなければならず、さらに曲全体の流れを止めないための豊かな表現力と内なる力が必要。
例えるなら、筋肉を鍛えるスポーツジムとヨガや太極拳との違いみたいな感じ。
「ゆっくり」も簡単じゃない。
まとめた文章でなくても、とり立てて話題がなくても、皆さんにお話を聞いていただくつもりで、これからはここに日々思っていることなどゆるゆると書き連ねていきたいと思います。
雑談におつきあいください。
退屈でつきあってられないよ、と思われたら、まるむし(丸無視。ここでダジャレかい!笑)してください。
昨日は、そらまめを塩茹でして 鮮やかな黄緑色と青々しい香り、ほくほくして甘みのある味を堪能。
ごつごつした皮の中で、ふかふかのお布団にお行儀よく寝ているそらまめくんたち。ありがとう。
よい1日になりますように。
See you soon!
KOTO BRASIL ~ 西陽子 箏コンサート2024(東京)
KOTO BRASIL ~ 西陽子 箏コンサート2024
【日時】
2024年12月17日(火) 18:30開場 19:00開演
【会場】
サントリーホール ブルーローズ (小ホール)
住所:東京都港区赤坂1-13-1
TEL:03-3505-1001
【入場料金】
全席自由席 前売り ¥4,000(税込) 当日 ¥5,000(税込)
【出演】
西陽子(箏、十七弦)
シェン・響盟・リベイロ (尺八、フルート)
ガブリエル・レヴィ(アコーディオン、ピアノ)
ネイマール・ヂアス(ブラジルギター、ベース)
アリ・コラーレス(パーカッション)
田嶌道生(ギター)
栗山豊二(パーカッション)
共催:ウエスト・プラニング、シーノス・ナ・フロレスタ
後援:駐日ブラジル大使館、ギマランイス・ホーザ文化院
【チケット取り扱い】
●チケットぴあ
https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventCd=2434759
●サントリーホールチケットセンター
0570-55-0017 (10:00~18:00 年末年始・休館日を除く)
チケットはサントリーホールホームページからもお求めいただけます。
https://www.suntory.co.jp/suntoryhall/
【お問合せ】
info@sinosnafloresta.com(鈴森)
KOTO BRASIL ~ 西陽子 箏コンサート2024(和歌山)
KOTO BRASIL ~ 西陽子 箏コンサート2024
【日時】
2024年12月13日(金)18:30開場 19:00開演
【会場】
和歌山城ホール / 小ホール
住所:和歌山市七番丁25番地の1
TEL: 073-432-1212
【入場料金】
全席自由席 ¥3,000(税込)
【出演】
西陽子(箏、十七弦)
シェン・響盟・リベイロ (尺八、フルート)
ガブリエル・レヴィ(アコーディオン、ピアノ)
ネイマール・ヂアス(ブラジルギター、ベース)
アリ・コラーレス(パーカッション)
共催:ウエスト・プラニング、シーノス・ナ・フロレスタ
後援:駐日ブラジル大使館、ギマランイス・ホーザ文化院
【チケット取り扱い】
和歌山城ホール
Tel. 073-432-1212
電話予約、会場窓口
9:00〜21:00 (休館日を除く)
【お問合せ】
info@sinosnafloresta.com(鈴森)
「日伯音楽交流コンサート~新宮城に思いをはせて~」新宮城維持管理のためのチャリティーコンサート
「日伯音楽交流コンサート~新宮城に思いをはせて~」
新宮城維持管理のためのチャリティーコンサート
【日時】
2024年12月11日(水) 18:00開場 18:30開演
【会場】
新宮市文化複合施設 丹鶴ホール
住所:和歌山県新宮市下本町2丁目2番地の1
TEL:0735-29-7223
【入場料金】
一般 2,000円(税込)、学生 1,000円(税込)
【出演】
西陽子(箏、十七弦)
木乃下真市(津軽三味線)
松橋礼香(津軽三味線)
シェン・響盟・リベイロ (尺八、フルート)
ガブリエル・レヴィ(アコーディオン、ピアノ)
ネイマール・ヂアス(ブラジルギター、ベース)
アリ・コラーレス(パーカッション)
地元友情出演:山口ちなみ(ピアノ)
コスモス
主催:日伯音楽交流コンサート実行委員会
協力:ウエスト・プラニング、シーノス・ナ・フロレスタ
後援:駐日ブラジル大使館、ギマランイス・ホーザ文化院
【お問合せ】
info@sinosnafloresta.com(鈴森)
私の教室自慢など・・
今日は自慢話です(笑)
自慢話を聞くのが好きという人は、ほとんどいないですよね。
ここでいきなり、今日の本題から外れて、「自慢」ということばにこだわってしまった私。
「自慢」は、国語辞典によると、自分のした事や自分に関係のある物事に満足しきって、それがいかに優れているかを強調して語ったり示したりすること。とあります。
和英辞典で調べると、英語では、boast、brag、pride という単語が出てきます。
むむっ?prideって誇りという意味では?と思って調べてみたら、「誇り」という意味は3番めくらいにあって、1番めに得意、満足、自慢という意味が記されています。
そういえば、「自慢」と「誇り」って微妙な関係。ついでに言えば、「自信」もちょっと近い?
私は少しの間ニューヨークで暮らしましたが、アメリカでは、自分の経歴や業績、長所はしっかりアピールするのが普通で、極端に言えば、恥ずかしがって自己主張しないと、私はそこにいないも同然。ほぼ存在が消えてしまう。
ところが、日本だと自己主張は自慢に取られてしまうことも・・その境界線や匙加減は、国によって随分違うし、もちろん人によっても違いますね。
なるほど。
次は漢和辞典。
まず「慢」という字には、なまける、おろそかにする→怠慢、あなどる、ばかにする→慢罵、おごる、おごりたかぶる→高慢、ゆるやか、おそい→緩慢、ながびく→慢性、しまりがないという意味があるらしい。
ん?すごーく嫌なピリピリした感じの意味とだらだらした感じの意味が同居している・・・。
もっと調べていくと、「慢」は、元々サンスクリット語のMana(マーナ)に由来する仏教語で、人間の根本に根ざす煩悩の一つであるらしい。他人と比べて勝っていると優越感を感じたり、負けていると劣等感を感じたりすることが「慢」とあります。
なるほど・・・。
「自慢」と「我慢」。
自と我は似た意味なのに、自慢は嫌な印象、我慢は立派な印象なのは不思議?
と思って、また調べてみたら、「我慢」は、我を立てる気持ちが強すぎ、自らを高しとする念が常に全面に出る意。精神的・肉体的に苦しいことがあっても、意地で凌ぎ通し、弱音を吐かないこと。とあります。
要は「我慢」は、「意地」や「見栄」のために自分の真の姿を偽るということ?
これって立派なの?
じゃあ、「我慢」と「忍耐」は、似てるけど、どうなんだろう?(ああ、ますます本題から離れていく~)
調べてみると、なんと!「忍」も仏教用語であり、私の理解と説明が追いついていないと思いますが、すごく簡単に言うと、智慧をもって人生の苦難に対して不動であること。
これは全く勝手な私の解釈だけれど、「我慢」は、他人の目を気にして自分を押さえつけているような感じがして、「忍耐」は逃れようのない人間の苦しみに向き合う修行のような感じがします。
確かに、他人と比べることから煩悩は生まれるかもしれません。
でも、世の中には、自分が望んでいなくても競争がいっぱい。それが世の中とも言える?
競争が苦手な私は、いつも勝つことより、脱出することを考えます!(逃避とも言う?笑)
それでも、自分の意志とは関係なく、競争に巻き込まれたり、比較されて悔しい思いをすることもあります。
そんな時は、自分のいいところを探しまくります!笑
人間は多面体。こだわっているところは実はほんの一部だったりするから。
そうして、誰にも比べることのできない場所、自分の心が自由でいられる場所へお引越しします。
ああ、「自慢」から随分遠くに来てしまいました・・・。
そして、なんだか自慢話がしづらくなってしまった!笑
恒例の夏のおさらい会が楽しく終了いたしました。
今年の春に旅立たれた生徒さんの追悼曲から始まり、小学生から80代マダムまで、プロアマ混合、7時間半にわたり熱演を繰り広げました。
私の教室のおさらい会は、いわば夏祭りであり、文化祭です。
子供たちも含め全ての人が係を持ち、ご家族の方々にもご協力していただいています。
みんなで作る音楽会!
みんなだんだんその係のエキスパートとなり、システムがどんどんアップデートされ、何かトラブルがあった時の対処も素早く的確!もはや一つのプロジェクト。
コロナ禍の中でもおさらい会を決行した私たちのスキルは活かされ、さらに進化しています。
それぞれができることを持ち寄って、できる人を巻き込んで、毎年、演奏会がブラッシュアップされ、時代の変化とともにアップグレードしています。
和歌山教室と東京教室の連携ももちろん、ともかくチームワークがすごい!
私の還暦祝賀パーティーが4ヶ月をかけて着々と計画準備され、その秘密はどこからも漏れず、私は見事にそのハッピーサプライズにはまり、涙しました。(感激!)
なんといってもこのチームワークこそが一番の自慢です。
そして、自慢その2は、衣装に凝る!
30周年記念演奏会ではファッションショーも決行したくらいなので、もはや我が教室の見どころの一つになっています。衣装は、演出の一つですし、表現でもあります。そして、年に一度、普段はできない思いきったおしゃれをするのも楽しいですよね。
私にとっては年に一度の体型チェック。私は生徒さんのフォローをする役割なので、毎年ほぼ同じ洋服を着ます。今年は、黒と白のパンツがキツかった・・・(^^;;
気がついたのは4日前で、それから慌てて腹筋したけど、筋肉痛になっただけで、遅かりし・・・
そろそろサイズ変えた新しいパンツを購入すべきか。というところだけど我慢。(そう!我慢の意味は?身体は悲鳴をあげているのに意地で凌いでいる!笑)
古典はみんなで学ぶと楽しい!
私の教室では、古典は、弾きやすい簡単な曲から始めるのではなく、難しい大曲であっても楽しくて華やかな曲優先。
歌えなくても、手がおぼつかなくても、興味が湧いたら参加!
核になってくれる生徒さんたちはもちろん何人かいるのですが、古典を始めて間もない生徒さんにも、「後ろの方で真似事でもいいから参加してみない?」と誘います。
インドネシアでは、ガムランのチームが村々にあって、子供達は大人たちの演奏を見よう見まねで覚えていきます。ブラジルでも、ショーロは大御所もひよっこも一緒に演奏しながら覚えていきます。伝統芸能は多分そうやって伝え育まれてきたように思うのです。
そんな様子を実際に見ると、すごく楽しそうだし、古典は楽譜に書けないことも多いですから、肌で覚えていくことが肝心なのでは。と思ったのです。
箏を弾く以上は古典をしなくちゃならない。ではなく、楽しいから弾いてみようよ。というスタンス。
現在、古典演奏参加者増加中です!!!これが3つめの自慢。
なかなかに自分の幸せを、これでもかと、ひけらかしたではありませんか(笑)
私は、教室生のみんなにチャレンジしましょう!と、よく言います。
チャレンジして、うまくいけば、自信になるし、うまくいかなくても、最後まで泳ぎきったなら、これまで頑張った自分を愛おしく思える気がするのです。
チャレンジは、どちらにしても自分を新しい境地に連れて行ってくれるもの。
そうはいっても、頑張ったからこそ失敗した時の凹みは大きい。
でも、どんなにひどく落ち込んでも、なぜか遅かれ早かれ、立ち直るものなんです。
そうして、私の見立てでは、若い人ほど立ち直りが早い!
だから、私は若くいるために早く立ち直ることにしている(なんじゃそれ?笑)
若い時は、すぐに今の自分を超えられる自信があるから立ち直るのも当然早い。
一方、人間の復活力は、忘れることから始まるような気がしないでもありません。
私はこっち。
忘れることは年々得意になるし、今の自分を超える自信は年々薄くなるけど、その分諦めもよくなったから(笑)
私は教室のみんなが大好き!みんなと演奏するのがすごく楽しい!
ここのところ、体調を崩しがちで、おさらい会の前日も結膜炎で目が真っ赤、声も出にくい・・。
でも、おさらい会本番は、大興奮のアドレナリンと愛情ホルモン・オキシトシンのパワーで、絶好調。体調の悪さは吹き飛んでしまいました。
あの時は実は幸せだったんだなあ。と思うことってありますよね?
私たちは、実は、幸せをいっぱい見落としたり、見過ごしたりしているかもしれません。
それはあまりにもったいない!
もちろんこれまでも、今を大切にしたい。と思っていたけれど、なぜか、おさらい会の前日、突然、「今の幸せを、もうこれ以上ないくらい味わっておかなくちゃ!」と、心の底から思えたんです。ことばの上滑りではなく、自分の内部から聞こえてきたんです。
そうしたら、心の中にある殻がパチンと弾けて、今この瞬間がすごくきらきら輝いて見えたんです。
昨年ここにいたお弟子さんが今年はいない・・その事実が、今年、この奇跡に出遭わせてくれました。
今日の話、あっちこっち飛びまくって、まさに乱文!
寄り道好きの私に最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。
See you soon!






