丸くなった?笑
ぼーっとしていたら3月は瞬く間に過ぎ去り、桜は、開花宣言から3分咲き5分咲きを味わうひまもなく満開になり、そして、私は58歳になりました(笑)。
少し前、ある生徒さんに「先生も最近は丸くなられました・・・」と言われ、否定されることを前提に「最近丸くなったとか言われちゃって。」と他の生徒さんに話してみると、なんと!当然のごとく「そうですよ。先生丸くなりました。」と返され、「えーーーーーーっ!!!」と驚いた私。
昔はそんなに尖っていて怖かったのか??
自分では全く意識がない。
よくよく聞いてみると、「音楽以外の話題など話しかけられなかった」とか「できるようになるまで手がちぎれるくらい何度も弾かされた」とか…
うーむ、確かに覚えあり(笑)。
今は「楽しく弾くことが一番!」と繰り返す私。
身体も心もどんどん丸くなっている(笑)。
丸くなるつもりはなかったけれど、気がついたら丸くなっていた。
でもね、私が丸くなっただけではなくて、生徒さんたちの技術は確実に上がったし、高校生たちは何も言わなくてもすごく練習するようになったから、私は尖る必要がなくなったとも言えます。
演奏も多分マイルドになりました。
昔は、キレッキレのシャープな演奏が好みでした。隙のない超人になりたかった。
それが最高にクールだと思っていました。
今は、リッチでふくよかな演奏が好み。ユーモアがあってエレガントでありたい。
大事なことはバランスとタイミング!
音楽ってやっぱりその人の全てが映し出されるんですよね。
生き方、生活、性質、嗜好、思考・・・。
私は、自分自身に、自分の人生に退屈したくない。だから、変化し続けたい!
昨日、箏を弾いて、なんだか、ふと、「ああ、お箏ってなんていい音がするんだろう。」って思いました。(今さらですが…)
音からいい匂いがしたような気がしたんです。
香しい音…
匂いたつ 花ほころびて 音も咲く
See you soon!
横山佳世子の邦楽サロンVol.25
3月4日に大阪・茨木にて横山佳世子さんのサロンコンサートがあり、出演させていただきました。こちらでお知らせする前にすでにsold out。終わってから皆さんにご報告しようと思っておりました。
が、東京に戻ってすぐ3回目のワクチン接種をしたところ、副反応で高熱が出てしまいダウン。
すっかり遅くなってしまいました。
コンサートのタイトルは、横山佳世子の邦楽サロン Vol.25『没後25年 沢井忠夫のDNA~夢の姉妹共演~』。
ご来場いただきました皆様、ありがとうございました!
横山佳世子さんは私より10歳以上若く、同じ沢井忠夫先生に師事した姉妹弟子になります。小学生の頃から先生に師事できた幸運な弟子同士ですが、芸大在学の時期も離れていましたし、私自身邦楽以外のジャンルの方々との交流が多かったこともあって、すれ違いばかりで、今回が初共演でした。
彼女は2度交通事故に遭ってリハビリ中。足は赤紫色に腫れていて歩くのもままならない状態なのに、明るく音楽への情熱がほとばしっていました。
「水の変態」(宮城道雄作曲)と「三つのパラフレーズ」(沢井忠夫作曲)を共演。
踏ん張れない状態でこんなにパワーのある音が出せるなんて!と驚きました。艶のあるグリッサンドや押し手のニュアンス、そして歌…忠夫先生の片鱗が至るところに伺えて、ああ、先生はこうして今も生きてらっしゃるのだなあと演奏しながら懐かしく、身近に感じることができました。
合間のトークではレッスンの思い出や入門までの経緯についてのお話などをお互いにしました。
私が沢井忠夫先生に入門する道を拓いてくれたのは母でした。全く邦楽に何の縁もなく、しきたりも常識も知らない母だったからこそ、その恐れを知らない情熱がいろんな障害を突破し、子供を教えていなかった忠夫先生を動かし、直門への道を拓いてくれたのだと今になって母の愛情の深さを心底実感し感謝するばかりです。普段は用心深く控えめだけれど、ひとたび決心すると大胆になる母でした(笑)。
その後、芸大に入学して知った現実と母の見ていた夢の乖離に、私は時に苛立ち、抱え込み、それが母との距離を遠ざけることとなり、寂しい思いをさせてしまったこともあったと思います。
どんなことがあったとしても、母がいてくれたからこそ開けた道であることに違いないのに、素直に感謝する余裕もなく、自分に言い訳ばかりして卑下してしまった頃もありました。
若く未熟でした・・・。
結局、いろんな方々と出会いによって多くを学び、経験の蓄積が私をなんとか箏曲家として生きていけるように導いてくれました。
好奇心が私に幸運を運んでくれたように思います。
横山佳世子さんの音へのこだわり。
それは紛れもなく沢井忠夫先生のDNAだと思いました。
足が完璧に治って思いきり弾けるようになったら、どこまでパワーが爆発するのでしょうか!
姉弟子として鍛えておかねば吹き飛ばされそうだなあ。と思いつつ(笑)、彼女の1日も早い全快を祈り再共演を楽しみにしています。
See you soon!
平和への祈り
ものすごく忙しかったわけでもないのに、随分ご無沙汰してしまいました。
ここを訪ねてくださった皆さま、留守にしていてごめんなさい。
イベントの変更が相次ぎ、スケジュールが定まらず、時間ができたにも関わらず気落ちしておりました。子供の頃、楽しみにしていたイベントが延期になったときの気持ちが甦りました。
勢いを削がれて、高揚した気持ちを抑えて、諦めて、次へと自分を鼓舞することを繰り返していると大人といえども凹みますね。意気消沈とはこのことだなあ。と実感します。
子供たちはエネルギーがある分、その落差で精神的に不安定になっているのでは。と心配です。
そんな中、ウクライナとロシアのニュースが飛び込んできて、その動向が気になってはいたものの戦争は回避されるだろうと楽観していただけにショックでした。暴力ましてや殺人が人間としてしてはならないことだと誰もがわかっていることなのに、どうしてこんな酷いことが今も世界からなくならないのだろうと悲しみでいっぱいになります。胸が引き裂かれて心がちぎれそうです。
科学技術が想像もしないほど進み、生活は快適で便利になり、長寿になってきたけれど、人間としてはどうなのだろう?人間としての高みへと上っているだろうか?
インターネットの世界では個人から直接世界にアプローチできるほど開かれているのに、リアルな人間関係は閉じていく一方。全ての事柄が両極へと吸い寄せられていく・・・。
そして、美しい青い森が一瞬にして破壊されるように良きもの美しきものは脆くて壊れやすい。
危うい均衡の中で世界はなんとか成り立っているのかもしれません。
私は今恵まれた環境にいるからこんな悠長なことを考えていられるのでしょう・・。
ウクライナが旧ソ連から独立する直前に、私はKAZUE SAWAI KOTO ENSEMBLEのメンバーとしてウィーンからモスクワへの演奏旅行に参加しました。列車での国境越え。ウィーンで夢のように豊かな時間を過ごしたのに対し、ソ連に入ってからはデパートでさえほとんど物がなく、ホテルでは毎日同じボルシチを温め直したものをいただく日々でした。朝、厨房を覗くと鍋の表面に脂が固まって層になっており、あれをまた今日も溶かして食べるんだなあ。と思いました。お部屋は掃除されておらずシーツはおろかタオル交換もありませんでした。日本なら雑巾と言ってもいいくらいの汚れたタオル・・・。お湯が出ない部屋もありました。みんなで日本から持って行ったカップラーメンを分け合って啜った時にはほっとしました。
ウクライナではリボフ(現在のリヴィウ)と首都キエフで演奏会がありました。リボフはヨーロッパの古い街並み、キエフは教会の屋根の金色が印象的で、雪の白と塔の金色の輝きのコントラストはとても美しく上品でした。アテンドをして下さった方もウクライナの独立に情熱を傾けていました。
物もなく、情勢が不安定で静まり返ったこの街での演奏会に果たしてお客様は来てくれるのだろうか・・・。
予想を覆して、開演前に人々が続々と集まってきました。小さな子供を連れたおばあちゃんもいました。涙があふれました。
結局客席はいっぱいになりました。
あの時の静かで温かく安らぎに満ちた人々の穏やかな笑顔を生涯忘れることはありません。
『音楽は生きるために絶対に必要なものではないけれど、生きていくための力になることはできる。』帰国して書いた私の旅行記にそう記しています。大学卒業後将来が見えなかった当時26歳の私にとって、音楽の本質を体感し身震いした瞬間でした。
今、この状況にあって、私は、私のように力のない音楽家は、なす術がありません。
それでも、Butterfly effectを信じて、ひたすら平和と幸福の種を身近なところに蒔き続けます。
私たちが生きている今の時代を幸せなものにできるのは自分たちでしかありません。
誰かが何かをしてくれるのを待っていても、何かが起こるのを待っていても、多分何も起こらない…。
大きな力を得る努力ではなく、小さな行動をし続けられる人になりたい。
ウクライナに一日も早く平和が戻ることを祈って。
See you soon!
心に映るもの
新型コロナウィルスの感染状況は一旦収束するかに見えたものの、また一気に悪化しました。
皆さん、お変わりなくお過ごしでしょうか?
準備してきたことがいつできなくなるかわからない。という不安定な状況に慣れてはきたものの、やはり何を拠り所にすればいいかわからないという環境にあっては何をしても充足感が得られず、なんとも心はずっと薄曇りという感じですよね。
こんな時って心も空回り状態で、ありあまる情熱や愛情が先走って余計な言動や行動をしてしまい、後から自己嫌悪に陥ることが増えます。(溜息…)
昨年末、高校生へのワークショップのために、久しぶりに民族音楽学者の小泉文夫先生の本を開きました。今その続きを読んでいます。
大学生の時に先生から直に講義を受けることができたのは本当に幸運だとしか言いようがありません。
『音楽の根源にあるもの』
出版されたのは今から約40年前。自分ではそんなに時間が経ったようには思わないけれど、その本を読むといかに環境が変わったかがわかりました。
もはや「わらべうた」はほとんど生活から消滅し、街にあった物売りの声や田舎に残っていた美しい仕事歌も聞くことができません。街行く人たちは、イヤホンを装着し、そうでなくても、スマホに集中していて耳は閉ざされた状態です。子供たちは外で遊ぶより家の中でゲームをするようになり、さらに、今はまさに、マスクをし外出もままならない状態ですから、窓を開けても車と工事の音が聞こえるだけです。
一方、スマホやPCでは世界中のありとあらゆる音楽を聴くことができ、YouTubeでは自然音や環境音、そして、プロもアマチュアも関係なくいろんな人のパフォーマンスを観ることができます。
歴史って動いているんだなあ。と実感します。(自分が生きている間は歴史なんて変わらないとどこかで思っているのですよね…)
小泉先生は、著書の中で日本独自の音楽が消え、世界の民族音楽が寂れていくことを憂い、これからの音楽はどうなっていくのかということを書かれていました。
今はどこの国でも伝統音楽や民族楽器を演奏する人がどんどん減っているのが現実です。
世界中の音楽が一つになるということが、世界が一つになるという喜ばしいこととはどう考えても思えません。いろんな音楽が存在した方が豊かに決まっています。
だけど、このままいくと、いつか地球上の音楽は全部似たようなものになっていくのかなあ。と想像します。
ああ、やっぱりそれは不気味だ!つまらない!
海外旅行に行って楽しいのは、見たことも聞いたこともないものに出会えるから。
違いをリスペクトし、楽しみ、認め合うこと。
それはきっと人間関係にも言えることですよね。
社会にはたくさんの区別や分類があります。
どこかで線引きをしなければ社会としての機能を果たせないから?
人は自分の存在や他人の存在をその区別で判断し理解している(理解したつもりでいる)?
その境界線はほとんどの場合目に見えるもので、年齢だったり、収入だったり、成績だったり、地位だったり、外見だったり・・・。
わかりやすくて、はっきりしたもの。
だけど、それは本当の自分?本当の誰か?
年齢を重ねれば肉体と精神にズレが生まれる、気持ちは若いけれど体はそうはいかない。
その人の本当の年齢はどっち?
もし、自己申告年齢で分けるなら、日本はまだ高齢化していなかったりして・・笑。
芸術は測れない。と思う。
それぞれの人が持っているそれぞれの目に見えない価値観で判断されるものだと思うから。
もし、目に見える理論だったり技術だったり、経歴だったり、表面的なインパクトがものさしになって判断されるようになってしまったら、芸術はいつか全部同一化してしまうんじゃないかな?
自分の心にどう映るのか。で価値は決まる。
自分の鏡をいつも磨いておきたいな。
鏡はたくさんの情報に覆われて曇りやすいから。
河原に転がっている一つの小石が、ある人にとってはただの石ころであり、ある人にとってはいつまでも見ていたいアート作品であったりする。
アートって人によっては全く価値のないもの。
それでいいんだと思う。それがいいんだと思う。
だからこそアートなんだと思う。
世界中で自分だけがいいと思うものがあるなんて素敵だと思いませんか?
子供の頃したように自分だけの秘密の宝物を持ち寄って見せ合う秘密会議があったとしたら、今もゾワゾワするし、なんとも魅惑的です。
今目の前にあるもの、近くで起こっていることは、あなたの鏡にどう映っていますか?
音楽家を職業にしてしまうと、いつの間にかより多くの人に受け入れてもらえるものを探すようになってしまいます。だけど、本当は、自分が見つけたとびきりの宝物をみんなに見せたい。というところから始まらなければならないように思います。
いざ、宝探しに!
See you soon!
HAPPY NEW YEAR 2022
あけましておめでとうございます。
新年からのんびりの更新で失礼いたします。
松の内(1月15日)までは『あけましておめでとうございます』のご挨拶で大丈夫とのこと。
1並びの本日、縁起よく新年のHP開きとさせていただきました。
『一年の計は元旦にあり。』と両親に教えられていたにもかかわらず、元旦は思いきり朝寝坊して、伸びたゴムのようにだらーっと過ごしてしまいました。そして、次の日も、また次の日も…。
「寝る」ってなんて幸せなんだろう!と、怠け者モード全開。
でも、子供の頃からお正月には一年の目標を立てるのが習わしだったので、ゴロゴロしながらも頭は落ち着かない…。
で、よし!人間、こんな小さな携帯の画面で考えていては小さいことしか思いつかん!(昭和の頑固なおじいちゃん的発想!笑)とばかりに、スケッチブックをAmazonで購入し(ここはちゃんと時代に適応!)、2Bの鉛筆を握りしめ、白い紙を前に腕組みして考えました。
まずは年間計画作成。
今年のメイン行事は、私の教室の30回記念演奏会。
8月和歌山@和歌山城ホール、11月東京@日本橋公会堂。
そして、春には『poetic』、秋には『西陽子 海界をうたうⅡ』。
30回記念演奏会の企画は?
今から30年前ってどんな様子だったっけ?
1992年バブル崩壊。バルセロナオリンピックがあり、東海道新幹線のぞみの運転開始。
調べていくと、どんどん企画から離れて、過去の出来事に、そういえばそんなこともあったなあ。とか、ふむふむ、そっか、この問題は実はここから始まっていたのか・・・とか、歴史に興味が移り、目標を立てるという目標からも遠ざかり、実生活も頭の中も相変わらずの寄り道ばかり。(それにしても、自分が辿ってきた時代を振り返るのはなかなかおもしろいですよ!もちろんある年齢になってからですが…。笑)
私はよくひとりで問答して考えごとをするのですが、最近の話題は、
「頭と心と体と、どれが一番大事だと思う?」
全部大事に決まっているし、影響しあってるんだから愚問かもしれませんが、私は「心」ではないかと思うのです。喜怒哀楽のような感情や衝動は心の表層で、その奥深くにもっと複雑なものがあって、実はそこに人間の存在の根源的なものがあるような気がするのです。
なのに、今、心が一番後回しになっているような気がします。心が軽んじられている…。
頭と体を鍛える方法は習うけれど心を鍛える方法は教わらない。
頭と体のことに一生懸命で心はいつもおざなりになっている。
だけど、本当は心が一番大事だと思う。
心は「生きる」、そして「幸福」に直結しているように思うんです。
新年の話題にふさわしくなかったかな?笑
音楽は、アートは、「心」を映し出すもの。「心」をつなぐもの。「心」そのもの。
だから音楽家は心の奥深くにあるジャングルのさらにその奥まで探し続けなければならないのだと思います。
雛のように、剥き出しの「心」は弱く、痛々しく、限りなくいとおしい。
でも、待っていてね。と、私は自分の心の奥にある自分の「心」に言い続けています。
やっぱり今年も子供の頃からの道草癖は治らず・・笑
結局、今年の目標は見つかりませんでした。
それは具体的な伸びしろがだんだん無くなってきたからかもしれませんが、逆に言えば、もっと大きくて深い目標を持てるようになったとも言えますよね!
と言いつつ、楽しいコンサートに皆さんをお迎えしたい。という思いで、頭の中は現在企画会議中!
皆様のご健康とご多幸をお祈りしています。
佳き一年になりますように。
どこかでお目にかかるのを楽しみにしています!
散らかり放題の文章に本年もどうかおつきあいくださいませ。
よろしくお願いいたします。
See you soon!
Hama House、こぼれ話、そして、来年は・・・
今年も残すところあと30分となりました。
さあ!ご報告したかったコンサートはあとひとつ。日本橋浜町にあるHama Houseでのミニライブ『はじめての箏』について。
素敵なカフェで、10人余りのお客様。お箏のことを知らない方に楽しみながら知ってもらおうという企画。京都の一保堂茶舗さんとのコラボレーションで作られたオリジナルのデザート付き。
今回は、新しい試みとして、クッキング番組方式で。柱を立てるところからチューニングまで本来なら舞台裏で行われることも全部公開して、演奏に入りました。
本が天井まで高々と並べられたブックカフェ。本が好きで入ってみたのだけれど、ここで弾いてみたい!という衝動から、いきなりオーナーさんに演奏させてもらえませんか。と突撃営業!実現していただきました!
お箏が好きになってもらえていたらいいなあ・・。
ここからは、こぼれ話というか余談というか・・・実は、というか、懺悔というか(笑)
●12月12日の『西陽子 plays 箏百景』の本番直前、着物に関するあるものを忘れてしまい、周りのみんなを大騒ぎさせてしまいました。ただでさえ調弦や準備で忙しいkotonosのメンバーに近くの呉服屋さんに走ってもらい、あれこれ工夫してもらい、無事何事もなかったかのように(笑)舞台に立つことができました。20代の頃、ホテルのレセプションで生演奏するアルバイトをしていましたが、忘れ物をすると助け合いをしました。誰かが帯を忘れた時、きれいな和柄の油箪(ゆたん・箏を包む布)を帯に見立ててみんなで工夫して締めました。お客様にもホテルのスタッフさんにも誰にも気づかれませんでした。どんな時も知恵を出し合えばなんとかなるもんですね!というか、忘れ物してお騒がせしてごめんなさい!
●10月31日の『和歌山城 光と音の饗宴』は午後8時過ぎからのコンサートでしたが、夜露がすごくて箏柱が箏に貼りついてピクリともせず、こんな時に限って転調(柱を動かして音程を変える)の多い曲を選んでいて、大変でした。野外だったので、楽譜が風で飛ぶことばかり心配していましたが、その心配は全くなく、むしろ楽譜はしっとりしてよれよれになってしまい、ページがめくれない・・という状況。演奏が全て終わった後は楽器も水分を含んで重くなっていました。和歌山城を背景に照明は華やかで、とても素敵なステージでしたが、実は真っ青になりながら演奏していました。ラテンメドレーでは踊ってくれていた方もいたとか?楽しんでもらえてよかった!!!!
夜に野外演奏をする方、ご注意あれ!
2018年に母が旅立ち、2019年に父が旅立ち、2020年にはコロナパンデミックが発生しました。演奏することが辛い時期もありました。
そして、2016年に東京でリサイタルをして以来ほぼストップしていた活動を再開させたのが今年・2021年でした。今年はまた、お弟子さんたちの中でご家族のご病気やご逝去など悲しいことが多かった一年でもありました。
今でもやはり年末年始は特に家族の思い出が多く、寂しさや悲しみが消えることはありませんが、両親への尊敬と感謝の念は増すばかりです。
コンサートをすれば両親にも聴いてもらいたかったなあ。と思い、一緒に話がしたい。と思います。そんな時は、寂しくて悲しくて泣いてしまうけれど、もし生きていたらこんな時なんて言うだろう?何を一番望んで、喜んでくれるだろう?と想像します。
まずは、健康であること。そして、幸せであること。だろうと思います。
さらに私の音楽を聴いて喜んでくださる方がいたなら両親もどんなに喜んでくれるだろうと思うのです。
来年は私の教室のおさらい会が記念すべき30回を迎えます。例年は和歌山県立図書館きのくに志学館のメディアアートホールで開催していますが、今年は先日私が演奏した和歌山城ホールにて盛大に、記念企画をもって開催いたします。そして、同時に東京の日本橋公会堂でも開催いたします。
この二つの大きなコンサートが私にとって来年の柱となるメインイベントです。私は教室の皆さんを大家族だと思っています。いつも支えてもらい、助けてもらい、励ましてもらっています。
そして、私は、箏を通して皆さんの生活や人生を元気に楽しく幸せにしたいと思っています。その割には、いつも課題がヘビーですが(笑)。
おさらい会は演奏以外に全ての人が係の仕事を担当しており、みんなで制作してきました。それぞれが手を尽くし責任を持ち、信頼し合って、コロナ禍にあっても知恵を出し合い、客席数は減らしたものの演奏会を中断することはありませんでした。この信頼関係は私たち教室生の間だけでなく、お客様とも共有することができ、それがそこにいる全ての人々に静かな感動を与えてくれました。
年齢を重ねたことで得られる経験からの知恵、若いからこそ生まれる新たなアイデアをみんなで持ち寄って作る演奏会。この姿勢はずっと変わりません。
アイドルさながら年齢に関係なくそれぞれのお弟子さんにそれぞれのファンの方がついている我が教室。自慢の教室です!
Our Koto class is our home!
私自身は、スタートさせたコンサートシリーズを継続し、作曲に関わる時間を増やしていきたいと思っています。
ここ10年くらいはソロ活動がほとんどでしたが、今年はチームでの舞台が多く、そこから生まれたたくさんの感動を思い返し、大晦日の今日、あらためてかみしめています。
一人で抱えていては大変なことも、仲間と分かち合えば、笑顔で乗り越えていける!そう思わせていただいた1年でした。
一緒に舞台を作ってくださった方々、応援し支えてくださった方々、そして、このHPを訪ねてきてくださる皆さん、本当にありがとうございました。
演奏も、音楽も、生活も、人生も、全身全霊をかけて
時代も、境界線も、自分も、超えていこう
涙をいっぱい流して
笑いの種をいっぱい見つけて
来年もどうぞよろしくお願いします。
どこかでお目にかかれる日を楽しみにしています!
健やかに。お幸せに。
良いお年をお迎えください。
See you soon!