『西陽子 plays 箏百景』レポート
2ヶ月も更新できず、ここを訪ねて下さった方々には本当に失礼いたしました。
前回の更新の後、コンサートが続き、文章をまとめる余裕が全くありませんでした。一つのことに集中すると他のことはほぼできなくなってしまう不器用さゆえどうかお許しください。
この空白期間に、何からご報告すれば・・・というくらいたくさんのできごとがありました。
まずは、最近の話題からゆるゆると綴って参ります。
12月12日(日)新しくオープンした和歌山城ホールで行われた『西陽子 plays 箏百景』。開場時にわずかに残っていたチケットも即完売で売り止め。
sold out!約400席満員御礼となりました。感激!
前日11日は、朝10時~夜7時まで昼食時を除いてほとんどぶっ通しでリハーサルを行いました。この日全員で合わせるのが初という曲が11曲中5曲。楽器編成や構成も違うために音のバランスを聴きながら曲ごとにcm単位で舞台上の位置を選び、音を合わせ、アレンジには修正も加えていきます。
和歌山城ホールの音響は素晴らしく、全曲生音で気持ちよく弾くことができます。自然な木の響きが心地よい!
楽器を選び、柱を選び、爪を選び、作品それぞれのイメージを明確にし、最高の状態でお届けできるよう環境を整えていきます。
演奏者とスタッフが一丸となって詰めていく作業。
私はというと、明日の本番をピークの状態に持っていくためにも弾きすぎてはいけない。と思いつつ、つい演奏を始めるとスイッチが入ってしまって、中途半端な音では満足できなくなってしまい・・・結局制御しきれず、かなりめいっぱい弾いてしまいました。若い頃は、何時間弾き続けても疲れ知らずでしたし、たとえ疲れたとしても次の日には完全復活しているのが当たり前で、何の不安もありませんでした。
だけど、一度舞台で指が攣ったのを経験してから、自分のコンディションもちゃんと整えていくようにしなくてはと思うようになりました。
それでも、若い頃の記憶が体に残っていてなかなかうまく抑制できず、練習しないと不安になるところを我慢して休むというのも修行だなあと痛感しています。瞬発力から時間をかけて熟成させるスローペースにシフトチェンジする、私にとっての新しい挑戦が始まっています。
さて、当日。
満員御礼のニュースを聞いて、楽屋は沸き立ち、私は感激しながらも緊張・・。
1曲目は『六段』。
舞台に足を踏み入れると、まだ演奏もしていないのに、拍手があまりに大きくて温かかったので、それでもう私の心はやられてしまいました!(泣)。
まだ演奏もしていないのに!(しつこい?笑)
拍手の音も音楽だなあ。と思いました。皆さんの手を叩く音にも音色があって、熱気や愛情が表現されていて、それが伝わってくるんです。
六段は着物で座奏。箏柱は随分前に有名なピアノの調律師さんの奥様から譲り受けた小ぶりの象牙柱を使いました。絹糸ではありませんでしたが、プラスチックの柱にはないマットで奥行きのある音色がします。
江戸時代に作られたこの作品。初演された時には、当然ながら高層ビルもなく、人々はみんな着物を着ていて、髪型も違えば、冷暖房もなく、食生活は質素で、何より生活のスピード感が今とは全く違う・・・イヤフォンで音楽を聴き、マイクから放たれる音響に酔い、(特に都会の日常生活では)車が走る音や工事の音に風や葉擦れの音などかき消されてしまう環境に身を置き、すごいスピードに振り落とされないように走り続けている私たち。
きっと耳の感覚も変わってきているのだろうと思います。
だけど、弾いているのも聴いているのも同じ『人間』。楽しいと思う気持ちも、笑顔も、優しさだって変わらない。(話が飛躍しすぎ?笑)
江戸時代の人たちと同じ耳では聴けないけれど、逆に六段に耳を澄ますことで江戸時代が見えて(聞こえて)くる。ような気がしないでもありません。
物や情報が溢れている現代から離れて、隙間だらけでほんの少しのものをじっくり味わう昔の感覚。走るのをやめて立ち止まってぐるりと周りを見渡すような時間。
これってすごく優雅ですよね?
私は練習を始める最初に、必ず「六段」か「みだれ」を弾きます。
手を馴らすウオーミングアップという意味だけでなく、ここに箏を弾くことの基本があって、私たちはいつだってこの大地の上に立っていると思うと背筋が伸びて、ざわざわした気持ちも鎮まるのです。
季節の移ろいのように緩やかな変化を味わいながら、音を置き、つなぎ、弾き終えた頃には雨上がりのような心持ちになります。
まずは「六段」から。コンサートもここからはじめました。
次に、辻本好美さんの独奏で「鹿の遠音」。続いて私とのデュオで「上弦の曲」。偶然にも本番前夜の月は上弦の月でした。
武満徹作曲「ノヴェンバーステップス」で尺八と琵琶は一躍世界にその音色の魅力が知られました。どちらの楽器も音色が個性的で、箏にはそんな強烈な個性がない・・・箏は大抵伴奏役で、地味で、どうしたって主役にはなれない。
ずっと悔しい気持ちがしていました。
その気持ちが一気に払拭したのは、権代敦彦さん作曲のオペラ『桜の記憶』をリトアニアで初演した時でした。オケピットにはフルオーケストラ、客席を囲むように大人の混声合唱団と子供の合唱団、そして、舞台上にはオペラ歌手の皆さんが、多くのユダヤ人にビザを発行し救った杉原千畝のストーリーを歌と演技で展開していきます。私は桜の精のような役割で舞台に上がり、時にはソロで、時には歌と一緒に演奏しました。
初演だけれど、舞台に上がる以上は暗譜という条件でしたから、リトアニアに向かう前にスコアを読みこみ、ガイドになるであろう旋律を見つけ自分でそれをピアノで弾いて録音し、自分が弾く部分はもちろん演奏を始めるタイミングや、オーケストラや歌手との絡みも頭に入れました。
2時間弱の舞台。演奏家は私以外全員リトアニア人。言葉も全てリトアニア語。暗譜でプロンプターもいない。初めての大きな経験に不安はつきませんでしたが、こんなに素晴らしいチャンスをいただけることの喜びの方が大きかった。
本当に必死でした。
そのとてつもなく大きな編成の演奏は、ラストシーンで全ての楽器と声が一体となって大音響となります。
そして、その後、最後の最後の音は箏の単音がひとつ。
その一音はブラックホールのように一瞬で全てを無に帰して場の空気をフリーズさせ、音の後には静けさだけが漂っていました。
たった一音で全てをひとつの点に吸引し集約して閉じ込めてしまう力。
とどめの一撃のように有無を言わせない圧倒的な力。
これこそが箏に秘められた力なのだと体感しました。
派手だの地味だの、主役だの、脇役だの・・・そんな小さなこだわりはあっさり吹き飛びました(笑)。
話はもどり、「上弦の曲」は尺八も箏も華やかで技巧的で、それこそどちらも主役の作品です。でも、これがさらっと上手く弾けるのではつまらない。尺八と箏が速い流れの中で微妙な間や音の濃淡を作り、お互いに仕掛けたり抜いたりしながら、わざわざ荒削りにしていくところがこの作品の本当の面白さだと思います。武道にも通じる真剣勝負!(勝ち負けはありませんが。笑)
「六段」「鹿の遠音」という古典の精神がここに繋がっているということを感じていただけたのではと思います。
さてさて、このペースでいくと、これまでのご報告がいつになったら終わるのやら。
今年中には今年のことをご報告し終えられるよう寄り道しながらのんびりとお話していきたいと思いますので、おつきあいくださいませ。
See you soon!
てんてこまいの秋の日々
ご無沙汰してしまいました!9月中には更新しよう。と思いながら、気がつけば10月になり、もう16日になってしまいました。
9月25日のコンサートは、おかげさまで満員御礼!とても熱心にお聴きいただき、本当に嬉しかったです。ありがとうございました。
前半は私の作品、後半は藤枝さんの作品。曲はどちらも4曲ずつ(私の作品は3曲が新作初演、藤枝さんの作品は1曲が新作初演)、区切りなく演奏されそれぞれ30分の舞台で、私の作品は器楽のみ、藤枝さんの作品は全て歌が入るという構成でした。2年かがりで完成させる計画でスタートさせたので、来年、私は今回の作品を含めた組曲「海」を、藤枝さんは折口信夫の歌集から選んだ3首のうちの残りの2首をやはり箏歌に作曲し完成される予定です。
先日の演奏会の模様は、10月26日から11月27日まで動画配信がありますので、ぜひお聴きください。→https://nishiyoko2021.Peatix.com/view
コンサートが終わってすぐに和歌山でレッスンがあり、飛行機で移動。飛行機から降りる時に荷物を下ろそうと思ったところ五十肩の痛みをかばおうとして足を捻ってしまい、膝を捻挫してしまいました。
なんとかごまかしながら和歌山レッスンを終え、東京に戻ったと思ったら、今度はなんと!ぎっくりお尻に!ぎっくり腰は経験がないけれど、30代後半に初めてぎっくり背中になりました。コンサートのため、ベルリンからパリに移動して、パリでひとり3日間限定夢のアパルトマン生活をする予定が、結局どこにも行けず、とりあえず食料だけを買ってお部屋でうんうん唸り続け、夢は無惨に砕け散ったのでした(泣)。
その後、ぎっくり背中は2回ほどありましたが、今回は初のぎっくりお尻。お尻を起点に腰から股関節、膝まで電流が走り、動作を変えるたびに激痛が・・・。というわけで、もはや自力では修復ならず鍼治療に。
ああ、故障の連鎖が止まらない。
診察していただくと、「お尻がダイヤモンドになっています。」と言われ、「ええっ?お、お尻がダ、ダイヤモンド?」と聞き返したところ、「お尻が引き攣って下の方がえぐれてダイヤモンドカットされたようになっています。」とのこと。
施術を受けると、まさにマジック!!!たった1回の治療ですんなり立てる!!!すごい!!!(先生方ありがとうございました!涙)
その後めきめき良くなっているものの、五十肩は時間がかかりそうで現在も治療中。でも、先日の治療では「今日はまあるい桃のようなきれいなお尻に戻ってますよ。」と褒められた?(苦笑)のでした。
治療と並行して、今月末から始まる国民文化祭関連のイベントなどなど練習しなければならない曲が山積み。楽譜を整えて揃え、段取りを考えながら練習をしているとあっという間に時間が経ち、結局いつも最後の曲までたどり着けず、練習を終えて夜11時頃になるとぐったりしてしまって文章が組み立てられない有様でした。
いつも読んでくださっている皆さま、更新遅れてしまってごめんなさい!
食生活も荒れています。うー、コンビニごはんの割合が増えてきました・・・。こんな中、嬉しいことに東京・日本橋のレッスン場のすぐ近くにかわいいおむすびの食堂がオープン。お味噌汁が絶品。ランチはもっぱらこのお店に頼っています。
「西陽子 海界をうたう」は、私にとって新しい1歩を踏み出すことができ、また、これからの自分の音楽の方向性を発見できたコンサートになりました。
私の作品に関しては、もうずっと前から心のどこかにあったけれど形にできなかったものでもあり、表現し発表する勇気がありませんでした。
でも、意外なことに、この「老化」の波が私を後押ししてくれました(笑)。もう時間はない。やるなら今!うじうじ思ったまま一生を終えるつもり?という私の心の声が聞こえました。もう周りの目とか評価とかコンプレックスとか気にしている時間はない!(笑)。
というわけで、頑張りました(笑)。
でも、それもこれも忌憚なくいろんなことを話し合える作曲家の藤枝さんがいて、私の曲を弾きこなし懸命に表現しようとしてくれる演奏家の江原さんと脇坂さんがいて、支えてくれるスタッフがいて、応援してくれるお客様がいてくれるからこそできたことです。
本当に感謝の気持ちはことばでは言い表せません。
私は、箏(十三絃)と十七絃に限定し、このままの自然な形を生かして、多彩な世界を遊びながら作っていきたい。それが私には合っている。と実感しました。少ない素材で在るものを生かして豊かなものを作ること、面白い発見をすること、それが何よりワクワクして楽しい!
おもちゃ代わりに箏で遊んでいた子供の頃の魂が甦ってきたような気がしています。
これが私の原点!
そして、明日はいよいよ日本橋浜町・Hama Houseにてミニコンサート。「はじめての箏」というタイトルのもとに、箏の楽しみ方、味わい方などをお伝えできればと思っています。
年齢を重ねると不自由になることもあるけれど、自由になることもあるんですね。
See you soon!
心づくしの秋は来にけり
気がつけば秋。爽やかな風に秋の到来を感じています。
そして、コンサート「西陽子 海界をうたう」の5日前!
おかげさまでチケットも残り数枚となりました。
お運びいただける皆さまにはただただ感謝の気持ちでいっぱいです。
作曲は一応終了し、現在は演奏家モードで箏を弾き、歌っております。
プログラムの原稿も執筆中。なんとなく、文章が、お運びくださる皆さまへのお手紙になりつつあります(笑)。
さて、皆さまへのご案内をふたつ。
☆ひとつめ。
Podcast「集まれ!伝統芸能部!!」に出演させていただきました。
演奏も含めいろいろとお話しています。私のレッスン室での収録でしたので、楽器を囲んで賑やかに楽しくおしゃべりしています。動画ではないので、家事をしながら・・・などラジオのように何かをしながらでも楽しんでいただけます。
邦楽とは全く無縁の環境で生まれ育ち、しかも、『昭和』の、『地方』から無知なまま上京し、箏の演奏家になった私だからこそのエピソード満載!沢井忠夫先生との出会いや受験時の恥ずかしいエピソード、無謀なチャレンジ話も入っています。
パーソナリティーの田中園子と甲田麻里さんの美声にも注目です!
ぜひ、聞いてください!
★Apple Podcast
▷箏曲家 西陽子さんの演奏「花一夜」 ~粋な音 探検隊より〜
▷箏曲家 西陽子さんの演奏「月夜の海」~粋な音探検隊より
▷お箏(こと)を体験してみた /前編 〜粋な音探検隊〜
▷お箏(こと)を体験してみた /後編 〜粋な音探検隊〜
★NOTEはこちらです。
https://note.com/braindrain8460/n/nf8976c59f07e
☆ふたつめ
地元・日本橋での活動のお知らせです。
日本橋浜町にあるブックカフェ・Hama Houseでライブを行います。
楽器の話、古典を楽しく味わう方法、意外にアヴァンギャルドな箏の知られざる素顔(?)などトークとともに箏の音色を体感・体験していただくコンサートです。
Hama Houseではいろんなイベントが企画制作されており、さまざまなジャンルの人が交流する場になっています。日本橋浜町発信基地です!
今回の企画も店長の中延さん、いつもライブをされている中丸さんとあれこれアイデアを出しながら出来上がりました。
音楽に合わせて、当日は京都の老舗・一保堂茶舗の茶葉を使ったオリジナルドリンクとお菓子をアレンジしていただけることになりました。
休日の午後をぜひご一緒に!
http://hamacho.jp/hamahouse/2021/09/14/【10月17日】月に一度の音楽鑑賞会「hama会」/
応援していただけることに感謝の気持ちは尽きません。
そして、なんて私は幸せ者なんだ!と・・・。
かれこれ20年くらい前、箏を弾くことに心が動かなくなってしまった時期がありました。鉛のような心を引きずりながら、楽譜の再現マシーンとなっていた時期・・・。
作曲家の高橋悠治さんに悩みを打ち明けたつもりが、会話はまるで禅問答のようになり、最後に「どうして音楽?なぜ箏を弾いているの?」と聞かれ、長い沈黙の後に「か、感謝でしょうか・・・。あとは、それと・・・」と答えを続けようとしたら、「感謝だけじゃだめなの?」とおっしゃいました。私は、涙が流れるばかりでした。
そのお言葉はずっと私の心に。今もずっしりと・・・。
See you soon!
箏と本と私
教室のおさらい会を終え、2日くらい何をするでもなくぼーっと過ごしてしまいました。こういう日、今は大事です。
ダイジェスト版ではあるものの、パラリンピックを観てたくさんのパワーをいただいています。技の凄さはもちろんのこと、これまで歩まれた険しい道のりの上にある輝く笑顔。そしてさらに、もはや選手の肉体の一部となって支える人たちの存在。言葉ではうまく表現できないけれど、人間の力、美しさ、強さにただただ涙しています。
今はおさらい会から気持ちを切り替えて9月25日のコンサートに向けて曲作りに集中しています。
そんな中で、ふと、私は一生一緒に遊んでくれるおもちゃを両親から与えてもらったんだなあ。と思いました。母からは箏を、父からは本を。
どちらも、おしまいがなくて、さみしいときには遊んでくれて、人見知りの私にたくさんの出会いを作ってくれます。
父は本が好きで、家事は全部母に任せきりでしたが、本だけは自分の思うように並べなければ気が済みませんでした。私が子供の頃は、本屋さんが毎月来てくれて、お薦めの本などを紹介してくれました。父はその中から何冊か選び、全集などは月賦で支払う仕組みでした。本屋さんが帳面をつける様子は、八百屋さんが野菜を新聞紙に巻いたり、天井から吊り下げられた籠からお釣り銭を取ったり(もはや何のことかわからない人も多いと思いますが・・・笑)するのと同じように子どもの好奇心をそそるものでした。
そのおかげで自宅には日本画や世界の美術館の全集、歴史物が好きだった父の好みで司馬遼太郎や池波正太郎といった時代小説が数多くあります。
昭和のモーレツサラリーマンだった父はお酒を呑んで深夜に帰宅することが多く、玄関で寝てしまった父を母と寝室に引きずりあげることは日常茶飯事でしたが、たまに夕方普通に帰宅したときや日曜日などは、着物に着替えて、煙草をくゆらせながら本を読んだり、囲碁の定石とやらを熱心に学んでいました。
子供たちのために小学生や中学生でも読める世界文学全集や日本文学全集も揃えてくれて、2階の部屋でひとりゴロゴロしながら本を読むのはとても楽しかった。
母は、友達のお母様が弾いていた箏の音を聞いて、魅了され、箏を弾いてみたいと思ったそうで、少しは習ったようです。結婚する時、貧しかったにもかかわらず、わずかな貯金のほとんどを箏に充てたそうで、「夢を買ったのよ。」と笑っていました。私が今持っている一番いい楽器の龍舌には、母が亡くなる少し前に書いてくれた「夢」という書を入れてもらっています。そして、母は私の育児に追われとうとう箏を弾く時間はなく、箏は私のおもちゃとなってしまったのでした。
両親が私に与えてくれた二つのおもちゃ。
箏が「おもちゃ」であることが私の出発点だったのに、演奏家になって、職業になり、音楽で生活していきたい、これで生きていかなくちゃならない、と覚悟した瞬間に、「道具」となり、私は箏を上手に「使う」ためにコントロールしようと必死になり、極端に言えば、楽器にも自分にも鞭打ちました。
いつの間にか、箏は沈黙し、私はひたすら突っ走りました。
それでも、箏はずっとつきあってくれました。
ある時、箏は急に言うことを聞いてくれなくなり、私はコントロールできない自分の肉体と能力を責め、全部がストップしました。
私はなんだかひとりぼっちでした。
それから、対等ではなくなっていた箏との関係を少しずつ修復し、箏も私も柔らかく温かくなって手を携えることができるようになりました。
本は、相変わらず、積もる埃に耐えて本棚でじっと待ってくれています。
今は、箏とも本ともいい関係です。
というか、私が遊んでもらって、支えてもらっています。
9月25日、箏と本と私のトライアングルが作る音の世界に、乞う!ご期待!
(がんばります!笑)
See you soon!
これからの予定など・・
まもなく・・・と言ってから、こんなに時間が経ってしまいました。スミマセン・・・。
ともかく私は何をするのにも時間がかかってしまい、子供の頃から、父に「ぐずぐずしないで。はやくしなさい。」と言われ続けてきましたが、今だに遅い。ここに載せる文章も何度も書き直して、一晩寝かせてもう一度読んでようやく勇気を出して更新!
つぶやきを全世界に発信するなんてどれだけの時間と勇気が必要か考えただけで恐ろしくなって(もはや“つぶやき”ではない!笑)、Twitterに憧れはあるものの、小心者の私は尻込みしたままこうしてHPに引きこもっております(笑)。勝手にインターネット世界の中でひっそり田舎暮らしをしている気分でおります。
夏の宵は好きです。空が深い群青色に染まると街がまるで海底のように思えて、人びとの話し声が泡のようで、とても幸せそうに聞こえます。
8月といえば、私の教室恒例のおさらい会!
最終レッスンも終わり、教室の皆さんは今頃ラストスパートをかけて頑張っていると思います。
前回記した「ワタシノナヤミ」とは、ずばり五十肩です(泣)。演奏はほとんど普通にできるのですが、左肩がある角度になると痛くてたまりません。着替えが一番つらい・・・(涙)ああ、もう老化の波が次々と・・・。
気力で全てを乗りきれた時代はもう終わったので、最近は休養も含めメンテナンスのための時間を作るようにしています。
体力が落ちて、人生も後半になって、弱くなって、今まで考えなかったことも考えるようになりました。身体の使い方、生活、生き方・・・
強い時はなんでも思い通りになるから考えなくても済むけれど、弱ると思い通りにならないことが増えて考えざるをえなくなります。
いくつになっても学ぶことは尽きないですね。
詳細は追ってお知らせいたしますが、今年はこれから予定がたくさんあります。
まず、
8月22日(日)西陽子箏曲教室演奏会@和歌山きのくに志学館・メディアアートホール
9月25日(土)Koto Cross Composing Project 『西陽子 海界をうたう』@トーキョーコンサーツ・ラボ(東京)
10月16日(土)ミニライブ@東京・日本橋浜町
10月30日(土)きのくに国民文化祭開会式@和歌山ビッグホエール
10月31日(日)きのくに国民文化祭イベント『和歌山城 光と音の饗宴』@和歌山城公園内西の丸広場
11月7日(日)きのくに国民文化祭イベント『全国邦楽合奏フェスティバルin田辺』@田辺市・紀南文化会館
12月12日(日)和歌山城ホールオープニングイベント『西陽子plays箏百景』@和歌山城ホール・小ホール
そして、来年2022年はいよいよ私の教室の30回記念演奏会。東京・日本橋公会堂と和歌山・和歌山城ホールで開催する予定です!
さて、来たる8月22日のおさらい会は、このような状況下ですので、今年もお客様は身内の方々のみのクローズドな演奏会になります。
賛助出演は、尺八奏者の小林鈴純先生と谷保範先生です。
生徒さんたちによる演奏曲目は、虫の武蔵野(宮城道雄作曲)、夜の円舞曲(坂本勉作曲)、童夢(吉崎克彦作曲)、陽炎(沢井忠夫作曲)、雪ものがたり(沢井忠夫作曲)、雪月花によせて(吉崎克彦作曲)、だちゅら(沢井忠夫作曲)、紅色の空(江戸信吾作曲)、TSURUKAME(沢井忠夫作曲)、日本民謡による組曲(牧野由多可作曲)、鳥のように(沢井忠夫作曲)、水の変態(宮城道雄作曲)、手事(宮城道雄作曲)、根曳の松(三橋勾当作曲)、萌春(長沢勝俊作曲)、百花譜(沢井忠夫作曲)、デュオ三態(沢井忠夫作曲)、情景三章(沢井忠夫作曲)、甦る五つの歌(沢井忠夫作曲)、箏のためのアラベスク(吉岡孝悦作曲)、五節の舞(沢井忠夫作曲)全21曲。
私はこの中で10曲助演します。十七絃6曲、箏3曲、三絃1曲。
助演は、助ける演奏。だから、全てのパートを理解して、いつも全体を見渡して曲の肝は押さえる。その上で主役の人の癖を理解し、ミスやトラブルがあった時には即座に助ける、しかも音楽の流れを止めず何かあったと気づかれないように目立たず騒がず。さらに言えば、それをプラスに生かして音楽的にふくよかにできたなら最高の助演であり、これが助演の醍醐味とも言えます。
主役の人に緊張せず安心して自由にのびのび演奏させてあげられる包容力と柔軟性は余裕から生まれるもの。
だから、助演は主演の人の何倍もの実力と器の大きさが必要なのです。
主演はわがままなくらい意志がはっきりとしていて、迷わない。情熱のままに突っ走るくらいがいいのかな?笑
さて、30年間続けてきたひとりひとり、一曲一曲の司会原稿をこれから作り始めます。
ひとりひとりのこの1年間の努力と一緒に過ごした人生の時間に思いを寄せて・・・。
教室の皆さん、どこまで上達するのやら?
私も必死なおさらい会です(笑)
See you soon!
京都・常光院(八はしでら)にて
猛暑が続きますが、皆さまお元気でお過ごしでしょうか?
オリンピックでは熱戦が続いていますね。
7月18日の常光院でのコンサートは、八橋検校が眠られているお寺ということもあって、いつもとは違う緊張感がありました。「私はこのまま箏を弾き続けていいのでしょうか。」と、遥か400年前の八橋検校に教えを乞うという気持ちでした。本番前にお寺の裏の階段を上って墓前に手を合わせ、「どうかよろしくお願いいたします。」とご挨拶しました。
演奏に使用した楽器(みだれと古道成寺)は、江戸時代後期の名匠・治貞作の箏。
主催者であるえんの伊藤和子さんが所蔵されている楽器です。古楽器ともいえるこの楽器に絹糸をかけてくださいました。
芸大に通っている頃は、勉強会や定期演奏会、卒業演奏会といった節目の大きな演奏会では絹糸を使いました。もちろん音色の違いは感じましたが、正直、テトロンとの違いをそれほど極端に感じることはありませんでしたし、必然性をそれほど強く感じませんでした。
でも、治貞箏を弾いた瞬間に(最初はテトロンの糸がかかっていました)、これは絶対絹糸でなくちゃならない!と迷いなく感じました。それを伊藤和子さんも同時に感じ、結果、私たちの直感は大正解でした。私はただ、治貞箏と絹糸、それをつなぐ象牙の柱がうまく連動して自然に音が響くように、その交点というかポイントを探り探り糸を辿っただけ。
楽器本来の音を抽き出していく楽しさを堪能させていただきました。演奏家として最高に楽しい時間でした。まさに演奏家の本分であり、原点ですから。
「みだれ」を弾いていると、途中、蝉の声が大音響になり、そのうち雨が降りはじめ、手元では着物と絹糸が擦れて胡弓のような音が微かに鳴って、お客さんたちの静かな息の音が時折風のように聞こえてきました。その中で治貞箏の音が響くと、今がいつの時代なのかわからなくなってしまって、不思議な浮遊感がありました。音も命も生まれては消えていくものだけど、永遠のものでもあるような気がしました。時代は変わっても変わらないものがあると思えました。
弾き終えたとき、どこかへ旅したような気がしました。
常光院という特別な場所で、治貞箏という特別な楽器でなければ、味わえない特別な経験でした。
「古道成寺」は大好きな曲です。我が地元・和歌山県にある道成寺のお話ですし、ともかく楽しい!ドラマチックで、伊藤志野さんは語り部のように道成寺の世界へ誘ってくれます。古曲なのに、箏の手でこんなにもその場面の情景や、人物の心情が表現されている曲があるんだ!という驚きと感動をいつも味わっています。演奏中、前に座っていた子供たちがノリノリで(笑)、身体を揺らして楽しそうに聴いているのを見て嬉しかったです。
常光院の、蓮の花の可憐さ、大事にお手入れされたお庭、落ち着いた清廉な空気と包み込まれるような優しさの中で演奏させていただけて、本当に幸せでした。
何かを見せよう。という作為ではなく、ただそこにいて、楽器に導かれるままに楽しく音を紡いでいけばそれでいい。ということを教わったような気がします。
なんだか以前に夢で見たことがあるようにも思えて…そうだとしても、そうでなくても、最高に素敵な夢のような時間でした。
猛暑の中、ご来場くださいました皆さま、あのような美しい場で演奏させてくださいました常光院の梶田ご住職ご夫妻、主催してくださった伊藤和子さん、共演者の伊藤志野さん、そして、まるでそこが涼しげなお茶室のように感じられた素晴らしい舞を演じられた西川影戀先生に心から感謝申し上げます。
そして、2回めのワクチン接種を無事終えて、今は専ら作曲に勤しんでいます。
つづきはまもなく。ワタシノナヤミウチアケマス^^;
新型コロナウイルスの感染状況もなかなか落ち着きませんが、どうかくれぐれもお気をつけください。皆さんのご無事をお祈りしています。
See you soon!