2025年もあと10日となりました。

12月2日、ブラジルでの公演を終えて無事帰国しました。

 

帰国直後は、朝なのに気分は夜で、逆に夕方になると気分は夜明け。ブラジルと日本は、季節も昼夜も全て逆なので、そのまま引きずっていたのでしょう。完全な時差ボケ!

それにしても、朝なのに夜の気分というのはすごく不思議で、時間の感覚がずれたことによって、1日の中で、気分がハイになったりローになったり、肉体だけでなく精神のサイクルもあることを実感したのでした。

 

ブラジルには1週間の滞在で、その間に違ったタイプのコンサートを3回行いました。

到着した次の日には、サンパウロ大学でレクチャー&ミニコンサート。古典から現代に至るまでの変遷をお話と演奏で体験してもらいました。オープンな講座だったので、日系の邦楽会の方々も学生さんたちと一緒に参加してくださいました。

最後はスタンディングオベイションで、アンコールにソロで「Brasilarinho」を演奏。

盛り上がりました!

 

そして、いよいよ今回のメインイベントであるブラジルと日本の外交関係樹立130周年の記念コンサート。

会場は、客席が4階まである1500席のオペラハウス。

その入場券がオープンして4時間で打ち止めになり、身近でも入手できない人が続出。

私は耳を疑いました!(もしかすると、手違いがあって、出したチケットが150枚だったのでは?当日開演したらお客さんが前10列だけとか?と、本番直前までめちゃくちゃ疑っていました。笑。)

プログラムは、私と尺八のシェンさんがソリストのダブルコンチェルト。ブラジルで最も尊敬される作曲家ヴィラ=ロボスの作品に始まり、日本のわらべうたをアレンジした作品が続き、沢井忠夫先生の「風の歌」、ラストは「Mourao」。

私のソロパートの楽譜は結局出発まで全て揃うことはなく、最後の1曲は現地に到着してから受け取りました。指揮者ティアゴさん自らが編曲。事前に、箏について音域と伝統的な調絃法は伝えましたが、メールのやりとりだけでは当然奏法の詳細まで伝えることはできません。

リハーサルを行ってみると、箏の楽器としての魅力をもっと効果的に伝えたいという思いが募り、ティアゴさんに、もう少し私の方でアレンジを加えていいか相談しました。彼は快く承諾してくれ、私はリハーサルの合間を縫って楽譜をもとにさらにアレンジを加えるべくホテルで作業に没頭しました。

どんなジャンルであれ、どんな作品であれ、それがどこまで魅力的なものになるかは演奏家の腕にかかっていますし、それこそが演奏家の本領を発揮するところ!

箏の場合、特に海外の作曲家は楽器について詳しい情報を得ることができず、結局は、箏はそこにいるだけでいいというジャポニズムの象徴だけの寂しい結果に終わることが多い。

そうなることは何がなんでも避けたい!という箏奏者としてのプライド(意地?笑)で、録音を聴いては自分で何度も即興を繰り返し、新たなアレンジを加えました。

 

当日、市立劇場は満員のお客様で溢れかえりました。不安は見事に払拭!(笑)

さくらは途中で拍手が湧き起こりましたし、日系の方々は日本のメロディーを演奏とともに口ずさみ、アンコールでCarinhosoを演奏し始めると、ホール全体が歌声に包まれました。

日本では、演奏会というと、舞台と客席、演奏者と聴衆がはっきり分かれていますが、ブラジルでは、その垣根がない、というか、とても薄い。

垣根を越えて演奏者と聴衆が一緒に音楽を作っていく感覚。

もちろん日本でもロックやポップスはそういう感じだと思うのですが、作曲家、演奏家、指揮者、聴衆、そのすべての境界が曖昧というか、音楽を愛することにそんな区別が必要?と言われているが如し。

 

今回のオーケストラのメンバーは、ブラジルのクラシックの将来を担う若い演奏家たち。

日本のように、みんながいい楽器を持っているわけではありません。才能はあっても生活が苦しい家庭の若者もいます。指導者や組織も含め、たくさんの大人たちが応援して成立しているオーケストラなのです。

次の日に行ったクリチバの大きな劇場では、バレリーナが舞台設営を手伝っていました。まさに、制作スタッフも、裏も表も区別がない。

全員で舞台を作る!できることはなんでもする!助け合う!

何においても、縄張りや縦割り意識が薄いのは、やはり平和な多民族国家ならではの価値観なのかもしれません。私にとっては、それがとても自由で楽で温かく感じました。

 

ブラジルの音楽は、ポピュラー音楽・民族音楽・伝統音楽・クラシック音楽が自然にクロスしていて、今も新しい音楽がどんどん生まれているところが本当にすごいと思います。

音楽も同様に、ボーダーレスで、その上、全てが現在形。過去の作品もどんどん新しいアレンジがなされて生まれ変わっていくのです。

市立劇場でのコンサートを終え、KOTO  BRASILのメンバーが奇跡的に集合し、打ち上げごはん。

久しぶりの再会が嬉しかった!まさにファミリー!

ことばはほとんど通じあっていないけれど、寂しさを全く感じない。

KOTO  BRASILのメンバーも、ブラジルの伝統音楽からバッハ、そして、いろんな国の民族音楽までなんでも知っていて、どんな曲も軽やかに演奏してしまいます。

アレンジもその場ですぐにできちゃうし、指揮もする。歌も歌うし、軽くダンスもしてしまう。

(尊敬&憧れ!)

 

翌日、サンパウロから空路で1時間・クリチバに移動し、すぐコンサート。こちらはシェンさんとのデュオコンサート。

クリチバはヨーロッパ系の移民の方が多い地域で、サンパウロの街の景色とまるで違っていて、自然豊かでのどか。

ブラジルは広大な国で、地方や都市によって風景も個性も全く異なります。

クリチバはサンパウロの次に日系人が多い都市。コンサートには片道5時間かけて車を運転し、かけつけてくれた方もいて、大歓迎していただきました。

コンサートの次の日に少し街を見学し、そのまま、サンパウロを経て、ドバイ経由で帰国の途に着く予定が、クリチバの空港に着いてみたら、なんと!突然の欠航!

このままサンパウロに帰れないと、日本までの国際便に乗れず、チケットも日本での予定も吹っ飛ぶことに・・・。

どうしよう・・・。

私はみんなに助けてもらうしかなく、なんとかなりますように。と、ひたすら祈るのみ。

 

でも、まるで計画されていたかのようにいろんなタイミングがピタリとはまり、多くの方々のご厚意によるサポートで、奇跡的に乗り継ぎも上手くいって、『なんとかなってしまうブラジル』の面目躍如!

みなさん、本当にありがとうございました!

 

↑ここはクリチバの岩場に造られたアルミでできたホール。すごくカッコいい!

次回はここでコンサートをしよう!と意気込む私たち。(エルトンジョンなど超有名アーティストしか演奏できないホールだそうです。でも、夢を見るのは自由ですから!笑)

 

サウダージ・・・

ブラジル人の魂とも言える大切な心情を表すことばで、郷愁とも訳されますが、それだけでは到底言い尽くせない多くの意味を含んでいます。

そのニュアンスをずっと知りたいと思っていたけれど、ある日、それは、私が、ブラジル、ブラジル音楽を好きにならずにはいられない魅力の根源だと気づきました。

 

ああ、私、ちゃんとわかってる!

 

See you soon!

(2025ラストの更新はまもなく!)