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カフェが好き

2020-10-09T10:00:00+09:0010月 2020|

東京の私の家の周りにはカフェがたくさんあります。 人形町の老舗カフェが春頃からずっと休業になっていて、新型コロナウィルスの影響で閉店したところも多いので、その前を通るたび、心配していました。 そして、つい先日、再開! ご主人は怪我をされていたらしく、少し痩せられたようでしたが、お元気に美味しいコーヒーを淹れてくださいました。「どうされたのかなあ。と思っていました。本当によかったです。またこのお店を開けてくださって嬉しいです!」とお伝えしてコーヒーをいただいていると、来店する地元住民らしいお客さんみんなが同じことを興奮気味に言っているのが聞こえてきて、思わずにっこり。その賑わいに心が温まりました。 このカフェはまさに「昭和のカフェ」と言った風情。 一方、人形町から少し歩くと東日本橋、馬喰町、東神田周辺には新しいカフェが続々とできています。インテリアや店構えにこだわりはあるけれど気取っていなくて、ナチュラルでカジュアルな雰囲気。風通しも良くて、音楽はボサノバが多いかな。(ちなみに人形町のカフェではクラシックが流れています) コーヒーの香りが店中に漂っていて、カウンターにはわずかにハンドメイドのスイーツが並んでいる。ほとんどの人がひとりで来ていて、本を読んだり、勉強したり、PCに向かってキーを打ち続けたりしている…。ほどよい静けさに満ちています。 ひとりだけどひとりじゃない。知らない人たちだし、ことばを交わすわけでもないけど、なんだか一緒に時間を過ごしている気がする…これこそがカフェの魅力。 淡くて、ぷかりと浮かんだような時間と空間。 そういえば、「淡い」と「間(あはひ)」というのは何か関係があるのかな? さっそく辞書で調べてみました!一部をご紹介しますね。 ●淡い・・・薄い、浅い、わずかな、少しの、pale light thin slight faint ●間(あはひ)・・・あいだ、間柄、配合、時の都合、物と物との交わったところ、境目のところ、中間、time

至福のとき

2020-10-08T10:00:00+09:0010月 2020|

来年に向けて少しずつ準備開始。まずは、お部屋の整理から! 東京の自宅マンションのリビングを模様替えし、ベランダにテーブルとチェアを置きました。 お昼すぎ、コーヒーとほんの少しのお菓子と読みかけの本をトレーに載せてベランダに出て読書。といっても、大抵は、遠くから聞こえるカンカン、ゴンゴンと打つ工事の音や、子供たちのはしゃぐ声、車の行き交う音など聞きながらぼんやりと空や雲を眺めているだけ。 夜には、スタディールームと名付けた小部屋(窓に向かって机をしつらえました)から夜景を見ながら明日の予定を立て、ぱらぱらと辞書を見るのが最近の楽しみ。夜空には、高層ビルの赤い光が明滅し、少しずつ色やかたちの違った明かりが灯り、雨が降ると濡れた道路は滲んだ光を放って時折自転車や人の影が横切る・・・もうひとつの世界を見ているような気持ちになります。 部屋の整理をしていると、途中で挫折した日記や懐かしいCDも出てきます。 日記には、『いつか〜したい』ことを書き連ねていました。そのうちのいくつかは達成したり、願いが叶ったりしていることを発見して、なんだかちょっと自分を褒めたくなりました。だから、無理だと思っても、無謀だと思っても、書きとめておくのはきっといいことだと思います!(たとえそれを忘れてしまったとしても。) 懐かしいCDはもちろん思い出も甦らせてくれますが、それだけでなく、経験も乏しく素直だった頃の、つるんとした、ゆでたての枝豆みたい(笑)な自分に出会わせてくれます。 ちなみに、我を忘れていつまでもじーっと見ていたくなるもの、心安らぐものは、他に、石(巨石、宝石でなく鉱物の原石、道に転がっている石ころなど)、多肉植物、博物館の恐竜、カチーナ人形のカタログなど。 See you soon!

心ときめくもの

2020-09-22T00:34:12+09:009月 2020|

あっという間に9月も2/3が過ぎ、ようやく秋らしくなって虫たちの大合唱を楽しめる頃になりました。東京のマンションではその楽しみはありませんが、和歌山では、こんなにたくさんの虫たちが一体どこに隠れているのだろう?と思うくらい賑やかです。あの小さい体であんなに遠くまで通る声を出せる虫たちに演奏法を習ってみたいものだなあ。といつも寝床の中で思います。 新しい手帳を予約。それだけで心の中に新鮮な風が吹いたような気持ちになります。今年を振り返るのはまだ早いけれど、小さなチャレンジと小さな発見がたくさんありました。 まず、身体の歪みからくる不調を取り除くべくピラティスを始めました。スポーツ経験ゼロ。体育の授業なんてこの世からなくなればいいのに。とずっと思いながら学生時代を過ごしてきた私にとっては画期的な決断でした。でも、ゆっくりと身体のあらゆる場所の感覚を研ぎ澄ませていく中で新しい発見も多く、楽しみながら継続中。体幹大事です! そして、お裁縫。5年くらい前に買って一度も使わないまま放置していたミシンもようやく日の目を見ました。刺し子、カゴバッグ作り・・。やっぱりどちらかというと手縫いのような手作業が好きかなぁ。ひと針ひと針ちくちく縫う単純作業は心が落ち着くし、自分の感覚がダイレクトに反映されて、隅々まで気持ちが届くのがうれしい。だから、出来上がったものは多少不格好でもいとおしく感じられます。ミシンで作ったものは縫い目が少し曲がっていたりすると悔しく感じるから不思議(笑)。 それから、お料理。忙しくて時間がない、移動が多いから食品ロスにつながる。といっぱい自分に言い訳をして、まともなお料理をして来ませんでした。 まずは初心者向けのお料理本を見ながらスタート。どんな作業もほんの少し手を加えるだけで全然違う!それぞれの素材に特徴があって持っている味がある(当たり前ですが・・笑)。すごい世界だ!と思いました。そして、出来上がったときの盛り付けもまた楽しい。器を選んで、色どりを考えて食卓に並べると、大したものでなくてもなんだかすごく素敵に見えて思わず笑顔になってしまいます。やっぱり器は大事!(笑) オンラインレッスンもできるようになり、動画撮影もひとりでやってみました。こちらは今写真も含めブラジルで編集作業してくれていて、そのうちアップされると思います。またお知らせしますね。 ほとんど家に閉じこもっていた4月〜6月。お籠もり生活はむしろ得意なので、私は平気。大丈夫!と思ってはいましたが、やはり自由を奪われていることのなんとも言えない閉塞感は心を萎縮させます。 そんなとき、子供の頃ってどうして毎日あんなに楽しくて笑ってばかりだったのだろう?何が一体可笑しかったの?と考えてみました。 子供にとっては毎日が新しい発見の連続で、どんなことにも驚きがあって、結論を求めるわけでもなく、結果を予想することもなかった。(知識も経験もなくてできなかった?) 大人になって経験が増えるほど経験というデータから結果を予想予測し、それが今の行動を制限する・・・ああ、なんてつまらない! だけど、年齢を重ねれば重ねるほどこのループから脱出することは難しい・・・。 だったら、新しい、まだ自分自身が経験したことのない世界に飛び込んでみよう!と思いました。それが今年始めたいくつかのチャレンジ。 そこでの自分は、不格好でみっともなく、失敗だらけ、不器用で下手で・・・だけど楽しいし笑える。結果も評価も目標もなくただ目の前のことに奮闘するのは楽しい。 なぜか失うものは何もなくて得るものばかり。 『驚き』 これが固くなった心を刺激して、くすぐってくれる、私にとっての秘薬。

目に見えぬもの

2020-08-31T23:56:00+09:008月 2020|

8月16日(日)に行われた私の教室のおさらい会からちょうど2週間が経ちました。その間、関係者の皆さんから体調不良の報告もなく、今日ようやくほっと一息つくことができ、ここでこうして無事終えられたことをご報告することができます。 今年は、新型コロナウィルスの感染対策のため、お客様はほとんど身内に限定させていただき、検温・消毒やマスク着用はもちろんのこと、1曲ごとに換気も行いました。 そして、出演者は、年齢層も幅広く居住地もさまざまな生徒さんたちのあらゆるリスクを想定し、プログラム順を組み、楽屋割を考えました。毎年恒例の打ち上げパーティーだけでなく本番前の顔合わせもなく、集合時間も解散時間もバラバラ。結局全員集合することはありませんでした。 舞台ではマスクを着用しての演奏、客席はといえば、ソーシャルディスタンスをとっていただき座席はまばらに並び、なんとなく寂しげ。 ・・というと、窮屈で、重苦しく、暗い演奏会を想像しますよね? ところが、目に見えない糸がまるで全員をつないでいるかのように、舞台と客席、楽屋・・・その全てに今までにない不思議な『一体感』が生まれたのです。 『目に見えない新型コロナウィルス』から身を守るために生まれた『目に見えない強い結びつき』。 まるで磁力のようにマイナスがプラスを引っ張り出す!そんな不思議な光景を目撃した思いでした。 もちろん、生徒さんたちの演奏は最高に素敵でした! 全24曲7時間に及ぶ私たちの演奏会は、今年で28回目(つまり28周年)。お客さんたちは幕間や曲間で中座してお食事や読書や散歩などに自由に出かけてはまた客席に戻るという、町の小さな音楽祭さながらのんびりと日がな一日楽しんでいただけるものになりつつあります。 今や生徒さんそれぞれにファンもいて、私としては「AKB48」ならぬ「NYS22」(数字は毎年変わりますが・・)をめざしております!笑 出演者もスタッフもお客さまも、みんながみんなの健康を守るために、同じ立場で感染防止のためにすべきことをし、お互いを信頼し思いやりを持つ。感染対策は、命令や義務ではなく、受け身でもなく、取り締まりでもなく、一人一人が自分も含め全員を大切に思うことから始まるのではないでしょうか。 そして、「止める」のではなく「控える」こと。 『控える』という言葉には、「あることに配慮して自分の行動を制限・抑制する」という意味がある一方で、「いつでも活動できるよう準備して待機する」という意味もあります。 この災禍が終息し迎える新しい時代に向けて私たちは今「止める」のではなく「控えて」いる時期。 新たな発見はきっと新たな時代へのヒントです! マイナスの磁石を手にプラスを探しに行きましょう!

復活!

2020-07-25T13:19:21+09:007月 2020|

2018年の4月15日で途切れてしまったPhoto&Diary。 ゆるゆる復活させます! 4月15日から今日に至るまでいろんなことがありました。 両親が相次いで旅立ち、文章を書く余裕が全くありませんでした。今もまだ悲しさとさみしさは増すばかりです。 感謝と尊敬と後悔と懐かしさと愛おしさ、そして、会いたい気持ち…。 『命』というものが一体何なのか?どうしたって納得できないままです。 親子、家族の思い出だけでなく、父と母それぞれに子供時代があり青春があったその一生を思う時、さらに胸がしめつけられます。その命の輝きがあまりに尊く、美しく、儚く…この気持ちを表す言葉が見つかりません。 そして、やはり『命』って何?という問いに戻ってしまうのです。 久しぶりなのに、いきなり重いお話ですみません…。 今回復活するきっかけになったのは、来月行う予定の私の教室のおさらい会。依然として収束の気配のない新型コロナウィルス禍の下、その開催に関する情報を発信すべく更新しました。 今はあらゆる感染対策と、この状況下であっても明るく楽しく素敵な時間にしたいというアイデアを生徒さんたちと共に練っているところです。 マスク、手洗い、消毒、ソーシャルディスタンス…感染対策の基本は意外とシンプルだけれど様々な状況や条件を考えなければならないところが難しい。お店にお客さんとして行っている時と、自分が主催者(提供する)側になるのとでは全く意識も緊張感も違うことに気づきます。 結局WITHコロナの時代に必要なことは、そこにいる全ての人が、自分と全ての人のために最善を尽くし信頼し協力し合うことに尽きるように思います。そして、それはきっとAFTERコロナ の時代につながる教訓であるようにも思えます。 …と理屈はわかっていても、やはり目に見えないウイルスは怖いです。これから8月16日(日)の本番まで状況を見ながら、他の話題も交えつつ更新してまいりますので、たまには訪ねてください。 まずは、よく寝て、よく笑って、免疫力をアップさせましょう! See

春の嵐

2018-04-15T01:38:19+09:004月 2018|

最近、和歌山によく暴風警報が発令されるような気がします。台風の時期でもないのに、今夜もすごい風が吹いています。 江戸信吾作品発表会、楽しく終了しました。江戸さんの思いの強さ、エネルギー、優しさ、切なさ、憧れなどがあふれた作品ばかりで、回を重ねるたびに、その世界がより鮮やかに濃くなってきたように思います。 そして、なによりこの演奏会は特別です。 作曲家と演奏家、そして、演奏家同士の信頼感がすごい! リハーサルでもお互いの音を細かくチェック。(楽器屋さん泣かせではありますが。。。)これって心からの尊敬と信頼がないとできないことですよね。 さまざまな会派や年代を越えて一緒に音楽を作っていく楽しさ。本番はさらにお客様のエネルギーも巻き込んで、本当に「熱い」コンサートになりました。それもこれも作品の力であり、江戸さんご自身の人間的魅力であり、プロデュース力なのだと思います。 私は、いつもの如く自分の中に湧き上がるものを表現し尽くせないもどかしさはありましたが(このもどかしさは深まるばかり。でも、きっと、このもどかしさこそが私を駆り立てるものにちがいありません。)、音楽の中に生きていられることの喜びと、出会いに感謝せずにはいられませんでした。本当に幸せな時間でした。ありがとうございました! 教室の夏のおさらい会の課題曲も決まり、レッスンも熱気を帯びてきました。 先日はイギリスのラジオ局BBCの番組に出演させていただきました。すごく丁寧な取材と収録に敬意と感謝の気持ちでいっぱいでした。 そして、なんと!来年「きのくに音楽祭」を開始することになり、第1回の総合プロデューサーを務めさせていただくことに!! 詳細はまたご報告しますね。            

4月1日

2018-03-30T15:32:45+09:003月 2018|

明後日4月1日に江戸信吾作品発表会が東京オペラシティリサイタルホールで開かれます。もうすでにチケットは完売。私は「さくらスケルツォ」(初演)と「久遠の大地」を演奏させていただきます。すばらしい演奏家のみなさんとの共演、そしてもちろん江戸信吾さんの作品を演奏させていただくことに緊張感と喜びを同時に感じながら、楽しみにしています。 4月1日は沢井忠夫先生の命日。その前日に私は会議で先生の声を電話越しに聞き、そのまま和歌山に帰りました。次の日、先生が亡くなられたという連絡が入り、信じられない気持ちのまますぐに東京に戻りました。 病気の後遺症と闘ってらした険しさが消え、先生はお元気だった頃に戻られて、演奏されている時の少し伏し目がちで、静けさを湛えた端正で凛々しい表情で眠っていらっしゃいました。目黒川の桜は満開で本当に美しく、花びらは風が姿を現したように舞い、先生を見送っているようでした。あの日のことは生涯忘れられません。 今、桜は満開。 桜が咲くと街の風景はいつもとは全くちがうものになり、普段は全く花などを見ることもない人たちまでもが足を止め、しばし見入ってしまいます。そんな様子を見るにつけ、桜は多くの人たちの心をこれほどまでに変えてしまうのだと思わずにはいられません。 先日、久しぶりに地下鉄で夕方のラッシュに遭遇。 ラッシュの波に押し流されて乗車した外国人の女性の荷物がドアに挟まれてしまいました。そばにいた男性が一緒に引き抜いて無事出発。ほっとしたのもつかの間、女性のバッグから野菜がはみ出て、萎れ、ちぎれそうになっていました。私の隣にいた銀髪のご婦人が「このままだと傷んで使えなくなってしまうわ。ちょっと折ってもいい?」と話しかけ、ぽきっと折って彼女のバッグにしまい込みました。彼女はたどたどしい日本語で「ありがとう。」と言い、ご婦人は「おせっかいでごめんなさいね。」とにっこり。彼女も、ご婦人も、さっき助けてあげた男性も、そばにいた若い女の子も、私も、みんなにっこり。ラッシュでもみくちゃになりながらも、そこには陽だまりのようなおだやかな時間が流れました。 そのうち、乗客も減り、私は優先席の前に移動。目の前にはかわいい赤ちゃん。お母さんは疲れてぐったりうたた寝中。赤ちゃんは私のカラフルなバッグに興味を持ったようで、小さな手でバッグを触ってニコニコ。私もニコニコ。 何か特別なイベントがあったわけでもなければ、直接自分に何か起こったわけでもないけれど、心が包まれるようにふわっと温かくなりました。もう一生会うことは多分ない一瞬の出会い。会話もなかったけれど、このできごとでその日はとても幸せな1日になりました。 案外身近なところで幸せはいっぱい転がっているのかもしれません。それに気づける日常でありたいと思います。 4月1日は、生まれ変われる日! はじまりの日!      

桐蔭高校箏曲部おさらい会

2018-03-19T18:08:53+09:003月 2018|

暖かくなりそうでならない。。。そんな日々が続いていますが、皆さまお元気ですか? お知らせがまたギリギリになってしまいましたが、毎年恒例の桐蔭高校箏曲部のおさらい会を今年も開催することになりました。 3月21日(水)13時開始。桐蔭高校内同窓会館 2F和室 二つの個性(藤井凡大作曲)、宙『SORA』(江戸信吾作曲)、瀬音(宮城道雄作曲)、夢の輪(沢井比河流作曲)以上一年生 五節の舞(沢井忠夫作曲)、上昇の彼方(沢井比河流作曲)、三つのパラフレーズ(沢井忠夫作曲)、ことつるぎ(神田佳子作曲)以上二年生 箏のための組曲(石桁真礼生作曲)OG 未定 西陽子 箏とジャンベによるパフォーマンス、全員+α 上記のようなプログラムです。 箏に触れたこともなかった高校生が、1年や2年でこんな難しい曲を演奏するなんて信じられない!という声が毎年聞かれる演奏会。 私自身、いつも「高校生恐るべし!」と肌で感じております。スポーツや将棋などでは中学生高校生が活躍するのはあたりまえ。音楽も技術的には限界がないのではと思えるくらいスーパーテクニックをこなします。 その技術をどう使い(あるいは使わないで)、どう表現していくかが演奏の醍醐味。 表現力はもちろんですが、その前に豊かな感性を持つこと。それがきっと音楽には一番大切なことのように思います。 感性には年齢は関係ありません。若々しく瑞々しい感性。深く熟成された感性。そして、ひとりひとりの感性。 音楽からは演奏者や作曲者の声が聞こえます。

書くこと

2018-03-09T02:11:47+09:003月 2018|

子供の頃(今から40~50年ほど前)書道教室は町の至る所にありました。私も近所の書道教室に通っていました。耳が不自由な先生で、会話はいつも筆談でした。先生が字を直してくださった赤い”ラッションペン”は私の憧れでした。そのにおいは今も忘れられません。長机に自由席の教室には入れ替わり立ち替わり子供達がやってくるので本当に賑やかで、先生と筆談したくてこどもたちが先生の机のまわりに集まり、メモをのぞきこんでは自分の順番を待っていました。みんな先生が大好きでした。 そして、町の文房具屋さんは私にとってパラダイスでした。今でも素敵なペンやノートを見るとつい我慢できずに買ってしまいます。 私は「書くこと」が好きです。内容は別として「書く」という行為・作業が好きなのです。 今は字も「書く」より「打つ・叩く」ことの方が断然多いですよね。 最近は漢字を書けない人が多くて、お店で領収書をもらう時も「衣装代」という字を書けない人がほとんど。『衣装』って多分小学校で習う字ですよね?書けない人は、生まれた時からコンピュータが生活に欠かせない若い世代だけではありません。私も例に漏れず、読むことはできても書くことのできない漢字が多いです(多くなりました?)。特にパソコンを使うようになってから、昔はすらすら書いていた漢字ですら細かい部分が自分で疑わしい。この線は何本だったかな?突き抜けてよかったかな?などなど。。。 「書く」というのは、一種の指の運動。 「見る」「聞く」という感覚の記憶は意外と曖昧で忘れやすいけれど、身体の動きとして記憶させると定着しやすいのかもしれません。たとえば、何年も前に暗譜した曲が、頭ではすっかり忘れているのに、弾き始めると手が覚えていてすらすら出てくることがあります。これは自分でもすごく不思議な現象です。それと結びつけていいかどうかはわかりませんが、私が「書く」という行為を楽しく思うのは、身体の運動としての喜びや快感みたいなものが根底にあるように思います。 『身体は動きたがっている』・・・と、最近感じます。動かしていないと錆びついてしまう。 文字は、指の微妙な力の具合や角度で全くちがうものに変わります。「書く」ときには、線のバランスや点の位置、大きさや濃さ、全体の字配り、崩し加減、ちょっとした乱れが味わいを産むこともある、、、そんな工夫や出会いがとても楽しい。 それに対して、パソコンでは、キーを強く叩いても弱く叩いても出てくる文字は同じ。味気ないけれど、仕事の事務連絡が癖のある手書きでは読みづらいし、余計な情報があってはなんだか冷静な判断が難しくなりそうですよね。第一、仕事が進みません! 目的によって選択することが必要ですよね。   手紙を書くために、封筒・便箋、カードなどを選ぶことから始まって、ペンを選び、相手や内容によって字体も変えるというのは、作品制作に近いのかもしれません。そこには、たくさんの情報が詰まっています。だから温もりがある一方で、時には重いと感じられてしまうことがあるかもしれません。でも、私の場合、手書きのお手紙は投函した時点で自己完結しているので、何かを求める気持ちはありません。これが過ぎると自己満足や押しつけになりかねませんね。笑。それでもやっぱりスローペースの手書きが断然好きです! 手紙などの目的がなくても、「書く」という行為は不思議と心を落ち着かせてくれます。紙の上を滑るペン先の音や感触、そこから次々と生まれる線や点がかたちを作って意味を持っていくということのおもしろさに時間を忘れて夢中になっている瞬間は穏やかな幸せを与えてくれます。 さて、4月1日は江戸信吾さんの作品発表会があり、出演させていただきます。その情報はまたすぐにお知らせいたしますね。その前に、桐蔭高校のおさらい会が3月21日にあります。そのご案内もいたします。 まもなく!

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