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<成田空港でのこと>

 9月17日、成田空港で待ち合わせ。今回は、三弦の高田和子さんと笙の石川高さんと一緒にシカゴに出発。三連休の初日ということもあり、空港は大混雑。シカゴ行きの便のチェックインを待つ人の列も信じられないくらい長くて、空港第一ターミナル出発ロビーの半周はあったと思う。
やがて、わたしたちの順番がまわってくる頃にはもうすでに搭乗手続の時間をすぎていた。

わたしが驚いたのは、そのときのこと。
カウンターの人、航空会社の人、見事なくらい誰も焦っていないのだ。
チェックインが終わると、「時間があと15分くらいしかありません。出国手続も混雑していますから、自分で適当に割り込ませてもらってください。そこから搭乗口までは歩いて10分強です。このままだと間に合わないと思いますから走ってください。」と、笑顔で普通に話す。信じられないくらい普通の笑顔。

そして、出国手続。
やはり長蛇の列。時間がないと焦っている人が何人かいる。みんな焦っているのだから、列に割り込むなんて大顰蹙な行動なのだ。だけど、このままじゃ間に合わない。
空港関係者に、「事情を説明して、割り込めるようにしてください。」というと、「それはわたしたちとは関係のないことなので、航空会社に言うか、自分でなんとかしてください。」と、また笑顔。航空会社も「自分でお願いしてください。わたしたちの管轄じゃないので。」と。
一方、出国審査の係員は、「この列ばかりに割り込まないで。」と大声で怒鳴っている。
ものすごくいやな雰囲気が充満している。

結局困った人同志でなんとかお願いし、協力してくれる人もいて、その後は全力疾走。
高田さんは、走るのが速くて、あっという間に駆け抜けていった。ともかく自分が先に行って飛行機を止めてなくちゃ!なんとかしなくちゃ!という思いがあっての走りっぷりなんだけど、私はもう途中で半分あきらめというか開き直り。まさか名前までチェックしておいて無視なんてことはあり得ないと思ったし、こんな理不尽なことが許されていいはずない!という怒りもあった。だから、もう歩いていた。
やーめた!という投げやりな気持ち。石川さんは私につきあって歩いてくれていた。

昔は名前もアナウンスしてくれたし、関係者はどの人でも「なんとかしましょう。」と必死で策を講じ、一緒に走ってくれた。
正直、大げさかもしれないけれど、今の日本ってこんなになっちゃったの?と思って空恐ろしくなった。
自分の与えられた仕事をこなすのみ。それ以外のことは何があっても無関係。責任の押しつけ合い、転嫁、逃避。人が困っていようと何も感じないあの冷たい笑顔。
ほんとにいやな気分になった。

知性というのは、ただ知識をたくさん持っていることではない。
何かが突然に起きたとき、困難な状況に置かれたとき、どんな環境のもとでも、よりたくさんの方法を即座に考えられること。
そのためには知っているだけではなく、それらを生かして使うことができなくてはならない。
たくさんの方法の中から、最善の方法をできるだけはやく選択し、決断できること。
そしてそれは自分個人の利益や目先の欲のために使われるのではなく、広い視野の中で大きく状況をとらえ、多くの人の幸せやよろこびのため、あるいは災難や困難からの救助や協力のために使ってこそ知性となるのではないだろうか。
これが本物の知性であり、かっこよさであり、スマートさだと思う。
まあ、これは私の価値観だけれど。。。

でもそれ以前に、困っている人が目の前にいてもなにも感じないあの冷ややかな笑顔がなんとも恐ろしい。
これから旅が始まるというのに心の中には暗雲がたちこめていた。

(写真はシカゴ到着時。お筝を持っての旅はいつも運搬が大変。筋肉痛とのたたかいです!)